75話 カルレインに靴を脱がせてと頼んだラティルでしたが・・・
◇冷え性◇
カルレインは
反射的に視線を落とし、
自分で脱げないのかと
尋ねました。
ラティルは、自分の靴ではなく、
偽皇帝の靴だと答えました。
彼女は自分のように
顔を変えているけれど、
姿を変える力のある靴を
履いているようだと説明しました。
すると、カルレインは
指輪なら簡単だと思うと
返事をしました。
ラティルは、
その言葉を不思議に思っていると、
カルレインは手を差し出し、
自然にラティルの手を握りました。
痛くはないけれど、握った指の間に
圧迫感を感じました。
ラティルは、
何をしているのかと尋ねると
カルレインは、
いたずらっぽく笑いながら、
手を上に引く振りをして、
こうやって抜けばいいと
言いました。
そうすることで、何気なく
自分の手を握ったのかと
ラティルが指摘すると
カルレインは、
このような機会を
逃さないようにしなければと
答えました。
ラティルは、
カルレインの手はいつも冷たい。
心が温かい人は、
手が冷たいと言うけれど
そのせいだろうかと話しました。
カルレインは
手足が冷え性だと答えました。
ラティルは、
カルレインはムードがなさすぎる。
冷たいのは彼の手ではなく、
ロマンティックな性質だと
ブツブツ文句を言うと、
カルレインは笑いながら、
ラティルの両頬にそっと手を当てて、
こうすると温かいと言いました。
ラティルは、
ロマンティックな雰囲気は
なくなってしまったので、
手を下すように言いました。
カルレインは、
もう一度、
機会を与えてもらえればと
話しましたが、
ラティルは、
手を下すように言いました。
彼が真顔でしたが、
少しㇺッとしているような
感じがするのは
自分の勘違いかと、
ラティルは考えました。
彼女は、カルレインを
少し可愛く見えると思いましたが、
今は、そんな場合ではないと
悟りました。
今、自分が
本物のラティルであることを
分かってくれるのは
カルレインだけなので、
この人をいじめてはいけない。
とても大事に、
優しくしなければと思いました。
ラティルは、
私の大切なカルレイン。
手足冷え性のか弱い手で、
靴をきちんと脱がせることが
できますか?
と尋ねました。
カルレインが変な顔をしたので、
ラティルがそれを指摘すると、
彼は、鳥肌が立つと言いました。
ラティルは真顔で睨みつけると
カルレインは腕を組んで、
どうしたら靴を脱がせられるのかと
真剣に悩むふりをしました。
ラティルは、
足のマッサージをすると言っても
騙されないよね?
とカルレインに確認しました。
カルレインは、
本当に靴が魔法物品なら、
それくらいではダメだと
答えました。
そして、彼は
靴を直接、脱がせるのではなく、
寝かせて脱がすと言いました。
ラティルは、他のことはしないで
靴だけ脱がすように指示しましたが
それを言ったことを後悔しました。
カルレインが、
偽皇帝に蒲団をかけながら、
彼女に気を配っていたことが
頭に残っていて
つい口に出してしまいました。
カルレインは
ラティルをじっと見ていました。
カルレインは、他のこととは
どんなことかと尋ねましたが、
ラティルは質問を無視して、
私はもう帰るから後で結果を教えて。
靴は隠しておいて。
それではダメか。帰るのやめようか。
ここにいた方がいい?
靴は処分する?どうしよう?
と、しどろもどろに話していると
カルレインは冷たい指で
ラティルの眉の付近を
引っ張りました。
ラティルは
カルレインを見つめると、
彼は笑いながら
寝かせましょうか?
と尋ねました。
◇計画◇
カルレインの部屋が1階にあるおかげで、
内側から、きちんと見張りさえすれば
窓から彼の部屋に入るのは簡単でした。
カルレインの侍従は
ラティルを見て驚きましたが、
彼が、「ご主人様だ」と言うと
彼は「はい」と言って頷きました。
ラティルが呆れるほど、
あっさり納得したので、
彼女は、
カルレインの部下は、
彼の言うことを堅く信じていると
感心しました。
カルレインは、
いつ死ぬか分からない状況では、
お互いを信用するのが
重要だからだと話しました。
そして、傭兵団は皆、
そのような関係であると
聞いたラティルは、
羨ましいと言いました。
カルレインは、
羨ましがる必要はない。
皆、陛下の人たちだと言いました。
ラティルは、その言葉だけでも
有難いと思いました。
ラティルは微笑みながら、
カルレインの肩を叩くと
隠れ場所を探しました。
2人の立てた計画は、こうでした。
まず、ラティルが身を隠す。
カルレインが偽皇帝を連れて来て
寝かせた後、靴を脱がせる。
ラティルはそれを見て、
偽皇帝が元の姿に戻れば、
直ちに靴を処理するか隠す。
簡単だけれど、
一度で偽皇帝を
無力にする方法でした。
問題は、偽者に来いと言って、
来るのかということ。
偽者自身も
行動に気を付けているはずだから、
果たして、ここで眠るのか、
やや懐疑的でした。
いつかはハーレムの中で
眠ることができるし、
警戒も緩めるだろうけれど、
そのためには、
少し時間を長くかける必要が
あるのではと思いました。
偽者が宮殿に潜入して間もない今は
一番警戒している時ではないかと
思いました。
しかし、カルレインは
試すのも悪くないと言ったので、
ラティルは頷きました。
今回がダメなら、
次の機会を狙えばいいだけでした。
偽皇帝は、きっぱりとは断れない。
彼女は、陛下を
真似しなければならないから。
側室たちを遠ざければ、
かえって、
彼女が疑われてしまう。
と、カルレインは言いました。
◇偽者が来た◇
その晩、夕食を終えると、
カルレインは、
偽皇帝を連れて来ると言って
部屋を出ました。
ラティルは、厚いカーテンの後ろに
隠れましたが、彼を待つ間、
心配でたまりませんでした。
カルレインは、最初の夜に見たように
非常に獣的なセクシーさを
持っていました。
本当に魅力的だけれど、
それは、
夜に全てが設定されている場合で、
昼間のカルレインは少し鈍い方でした。
だから、言葉で偽者を説得して
連れて来られるかどうか
ラティルは安心できませんでした。
その時、扉の外で音がしました。
ラティルは影すら見えないように、
息を殺して隠れました。
しばらくして、扉が開き
誰かが入って来ました。
どうやったかは分かりませんが、
カルレインは本当に
偽皇帝を連れて来ました。
偽皇帝はキャハハと笑いながら
ベッドに近づいて座り込みました。
カルレインは、その姿を
ひどく気に入ったようで、
ラティルは息が詰まりそうでした。
本当にカルレインは
どうやって彼女を
連れて来たのだろうか?
偽者が、
あのような満天の笑みを
浮かべているなんて。
尻尾をいくつか持って行って
連れて来たのだろうか?
と考えました。
偽者は、
早く見せて。
中に何がありますか?
とカルレインに尋ねました。
あれはどういう意味だろう?
偽者は、私の側室に
何を見せて欲しいと言っているの?
ラティルはもう少しで
カーテンを引き裂くところでした。
カルレインは、
時間はたっぷりある。
夜も長いし、ゆっくりするようにと
話しました。
けれども、偽者は、
自分は早い方がいいと言いました。
何かが落ちてくる音がして
ラティルは固唾を飲みました。
カルレインは
何を見せているのか。
ラティルのいる位置から、
それは見えませんでした。
偽者の声が聞こえるだけでした。
◇偽物の正体◇
意味不明の会話が交わされた後、
ラティルは、偽者とカルレインが
身体を重ねるのではないかと
ビクビクしていましたが、
幸いにも、
そのようなことは起きませんでした。
腹が立つような会話は、
たくさんあったけれど、
カルレインが、
約束通りに寝て欲しいと言うと、
そんな約束があったかどうか
知らない偽者は、
カルレインと同じベッドに
横になりました。
しばらく経つと、
カルレインが慎重に
ベッドから降りて来る音がしました。
カルレインが約束の合図を送ると
ラティルは少しカーテンを開けました。
偽者が、ぐっすり寝ているのが
見えました。
カルレインは偽者の靴を
脱がそうとしていました。
ついに靴がゆっくりと
偽者の足から脱げると、
ラティルはゆっくりと
息を吐き出しました。
これで
偽者の正体を見ることができる。
彼女はカーテンに隠れたまま、
嬉しさで浮かれていました。
どんな顔なのか見てやる。
どんな奴でも
処刑台にその首をかけてやる。
そうしているうちに
脱げた靴が完全に足から落ちた瞬間。
カルレインが
片方の靴を持って立つと
ラティルは歓喜しました。
立ち上がって、
万歳をするところでした。
ところが、
偽皇帝の顔に変化はなく
ラティルの顔のままでした。
靴じゃなかったの?
ラティルの心臓がドキッとしました。
それなら、なぜあの時
靴を脱いで欲しいと言ったのか。
罠だったのかと、
ラティルは思いました。
カルレインも予想外だったのか
眉を顰めました。
ラティルのいる方向を見て
どうしようと聞きたそうな
様子でしたが、
どちらも脱がせないと
いけないと思ったのか、
もう片方の靴も脱がせましたが、
偽者はラティルの顔のままでした。
一体、どういうわけか
わかりませんでしたが、
ラティルは、ただ惨めなだけでした。
その時、
どうして、こんなに
媚びへつらうかと思ったら・・・
偽者が横になったまま
笑い出しました。
寝ていたと思っていた偽者が
目を開けていました。
そして、ゆっくり身体を起こすと
カルレインに
ラティルに会ったのでしょう?
と尋ねました。
カルレインは返事をしませんでしたが
偽者は部屋の中を
キョロキョロ見回しながら
ラティルはどこにいるの?
たぶんここにいる。
そうでしょう?
と尋ねました。
偽者は、
誰が靴を脱がせろと言ったの?
そうでしょう?
と尋ねました。
カルレインは、
窮屈そうだから脱がせただけだと
答えました。
暗殺でもするように静かに?
と偽物が尋ねると、
カルレインは、
目を覚ますのではないかと
心配だったと答えました。
しかし、偽者は
自分はバカではない。
自分が靴を脱げば
何かが起こると
ラティルから聞いていたのではと
指摘しました。
依然として、カルレインは
返事をしませんでしたが、
偽者は、にっこり笑って
ラティルが隠れている場所を
正確に指差しました。
カルレインは身体を動かして
それを塞ぎましたが、
状況がこうなった以上、
どうしようもないと思い、
ラティルはカーテンを開けて
前に出ました。
自分が持っている魔法物品が
仮面であることを
偽者が知っているかどうかは
わからないけれど、
彼女の表情から、
偽者が、最初から靴で
罠を仕掛けたのは確かでした。
だから、
出るしかありませんでした。
偽者は、
だるそうにベッドに座ったまま
足を組んで座り、
ラティルが姿を現すと、
上から見下ろすように顎を上げて
笑いました。
勝利感に満ちているようだったので
ラティルはプライドが傷つきました。
ラティルは、
偽の皇帝を制圧して縛った後、
魔法物品を探すために
全身を調べるのと、
彼女が悲鳴を上げるのと、
どちらが早いか考えましたが、
扉の前には、
偽者が連れて来た護衛が
たくさんいるだろうし、
やはり悲鳴の方が早いと思いました。
けれども、偽者はなぜか
悲鳴を上げませんでした。
その代わり、ラティルの表情を見て
自分が誰なのか気になるかと
尋ねました。
ラティルは、
彼女が偽者なのは、
自分がよく知っていると
歯ぎしりしながら答えると
彼女は低い声で笑いました。
その時、ラティルは
偽者が勝利感に満ちた表情ではなく、
曖昧な表情であることに
気がつきました。
ラティルは顔をしかめて
偽者の顔を見ていると、
突然、彼女が手を上げました。
武器を取り出すのかと思い、
ラティルは腰に手を置きましたが、
攻撃ではなく、
偽者は自分の首の後ろに手をやり、
手を動かしていました。
ネックレスを外すのだろうか?
なぜ、
ここでいきなりネックレスを・・・
偽者がゆっくりと手を下すと
片手に、キラキラ光る紐が
握られていました。
そして、ラティルは
喉を大きな石ころが
塞いでいるかのように、
何も言えませんでした。
しばらくして、
ようやくラティルは声を絞り出して
母上
と呼びました。
偽者が、
ラティルの母親だったなんて
本当に驚きでした。
母親だったから、
ラティルの性格を把握していたので
彼女がどんな行動をするか
読むことができたのですね。
ラティルの母親が
アナッチャのことで泣いていた時
ラティルの母親は
気が弱い人なのではないかと
思いましたが、
アナッチャの言う通り
底意地が悪いかどうかまでは
わかりませんが、
かなり気の強い人のように
感じました。
ラティルの気の強さは
母親から
受け継いだものだったのですね。