112話 凄い力を出した自分にラティルは驚きました。
◇女1人対大勢◇
ラティルは、
自分が強いことは分かっていましたが
人をボールのように、
こちらの道から反対側の壁まで
蹴り飛ばすくらい強いことに
本当にショックを受けました。
それで、
私は、こんなに強いの?
と、もう一度嘆声を漏らしましたが
酔っ払いたちは、それを聞いて
さらに怒りました。
彼らは、ラティルが
自分たちをからかうために
わざとふざけているのだと思いました。
酒の勢いも加わり、酔っ払いたちは
先ほど見たことを忘れて
友達がやられたことを怒り
ラティルも同じようにすると言って
拳を握って
彼女に襲いかかってきたので、
ラティルはむしろ
うまく行ったと思いました。
髪の長いカルレインが
自分を助けてくれた時は
少し不思議な気分でしたが
その後、小屋で会った変な男が
身体の持ち主の顔を
殴ろうとした時は
本当に腹が立ちました。
夜の街に出て来たのは、
サーナット卿のことで
複雑な気持ちになっていたからで、
ラティルは
気分が悪くなっていました。
彼女はにっこり笑って
手に持っていた紙コップを
最初に向かって来た男の顔に
押し付けました。
悲鳴を上げた酔っ払いが
よろけるや否や
ラティルは短刀を振りかざす
酔っ払いの頭の方へ
箱を蹴飛ばしました。
彼の頭に箱がぶつかって壊れると
それを拾って
横から不意打ちを食らわせようとした
酔っ払いの脇腹を蹴りました。
数では優勢だった酔っ払いたちは
あっという間に
最初に飛ばされた仲間たちと
同じようになってしまいました。
それを見たラティルは
友情が厚いね。
友達と同じように
飛んで行きたいなんて。
と拍手をしながら皮肉ると
酔っ払いたちは、
酔った勢いで恐怖も忘れて
歯ぎしりしながら
ラティルに悪口を浴びせました。
彼女は彼らの口を殴るために
拳を握ったり緩めたりしていると
騒ぎを聞きつけて
警備兵たちが駆けつけてきました。
ラティルは舌打ちをして、
酔っ払いたちを殴りませんでした。
彼女がぼさっと立っていると
近づいてきた警備兵たちは
素早く状況を調べて、
集団喧嘩が起こっているという
通報があり、
やって来たと告げました。
すると酔っ払いたちは、
ラティルを指差し、
あの女が自分たちを殴った、
牢屋へ入れなければいけないと
訴えました。
その言葉を聞いた警備兵は
あり得ないという顔をしました。
彼らが本当だと言っても、
女性一人が
何人もの酔っ払いを殴ったことを
信じませんでした。
酔っ払いの一人が
ソーセージ売りを指差し、
あの人に聞いてみてと
訴えましたが、
彼はラティルの方を見て
ニヤリと笑いながら、
自分はソーセージを焼いていたので
見ていなかったと答えました。
状況を見守っていたラティルも
酔っ払いたちは、仲間同士で
殴り合っていたと
残念そうな顔で言いました。
ラティルの言葉は
信ぴょう性がありましがが、
喧嘩が起きていると通報したのは
酔っ払いの一人でした。
結局、警備兵たちは、
ラティルと酔っ払いたち全員を
治安所へ連れて行きました。
◇宮殿に住んでいる◇
酔っぱらいたちは
ラティルにやられたと訴えましたが
警備兵たちの目には
彼女が図体の大きい男たちを
1人で倒したようには
見えませんでした。
同じ場所で調査をすると、
ラティルが、
あの酔っぱらいたちを脅威に感じて
きちんと被害状況を
伝えられないのではと思い
ラティルは、
酔っぱらいたちとは別々に
調査を受けていました。
しかし、ラティルに
名前と住所を聞いた警備兵は
彼女が、
名前はラティル、
住んでいるのは宮殿。
と答えたので
酔っぱらいを相手にする時とは
別の意味で苦しめられました。
警備兵は呆れて、ラティルに
ふざけないようにと言いましたが
彼女は、笑いながら
名前はラティル、
住んでいるのは宮殿で
間違いない。
と言いました。
警備兵は、ラティルが
またふざけていると思って
腹を立てました。
彼は、あちらの方が人数が多いので
ラティルが犯人だとは
思わないけれど
全く疑いが晴れたわけではないので、
ふざけている場合ではないと
言いました。
しかし、ラティルは肩をすくめて
本当だと返事をしました。
警備兵は、こんなことで嘘をつくと
後で大変なことになるかもしれないと
脅しましたが、
彼女は、ラティル、宮殿を
繰り返しました。
警備兵は、
ぞっとしているかのように
首を振ると、
下の階級の警備兵を呼んで、
このお嬢さんが、
自分は宮殿に住んでいると言うので、
そこへ行って
ラティルという女性を知っているか
聞いてくるように指示しました。
部下は、クスクス笑いながら
気が狂っていると言いました。
ラティルは笑いながら
警備兵の前にお金を置き、
自分が宮殿に住んでいるか、
住んでいないか
賭けをしないかと提案しました。
ラティルの自信満々の姿に
警備兵は、
本当に何かあるのではと
ギクリとしました。
貴族は宮殿に住まないし、
下女も
宮殿に住んでいるとは限らない。
けれども、ここで手を引くと
プライドが傷つくので、
彼は何の返事もせず
怒った顔をしていました。
どのくらいそうしていたのか
外で全員が同時に椅子を引き
立ち上がる音がしたかと思うと
それは、一度に消えました。
警備兵は何事かと思い
閉まっている扉を眺めると、
その瞬間、扉が開き、
サーナット卿が入ってきました。
ラティルと目が合うと
「この問題児が」という表情で
顔をしかめました。
ラティルは、
そっと手を振りましたが、
その表情は変りませんでした。
依然として
何が何だか分からなかった
警備兵でしたが、
サーナット卿のすぐ後をついてきた
警備隊長が、彼を
近衛騎士団団長のサーナット卿だと
紹介すると、
びっくりして立ち上がり挨拶しました。
サーナット卿は
彼に挨拶をする代わりに
すぐにラティルに近づくと
一体、これは
どういうことですか?陛下
と心配そうに尋ねました。
陛下と聞いた途端、
警備兵は固まり、
ぎょろぎょろ瞳だけ動かして
ラティルを見ました。
警備隊長も
皇帝だとは知らなかったようで
動きが止まり、驚愕して
ラティルだけを見ました。
平凡な治安所に
皇帝が来ていることが
信じられない様子でした。
それも束の間、
警備兵と警備隊長は、
ほぼ同時に、床に跪き
ラティルが皇帝だと
気づかなかったことを謝りました。
特にラティルの言葉を
ずっと無視していた警備兵は
今にも死にそうな顔をしていました。
ラティルは、それはいいからと
手を振った後に、
酔っ払いの中に
血が出る程ケガをした人はいるか、
昔、緑色のリンゴを
バスケットに入れていた人はいないか
確認するように、
そして、自分がここにいたことは
言わないようにと指示しました。
警備隊長は、
緑のリンゴとバスケットの意味が
わかりませんでしたが、
皇帝に怒られなかっただけでも
ありがたいと思い
すぐに部下を連れて外へ出て行き、
しばらくすると戻って来て、
出血した人がいることと、
親が果樹園をやっていた人は
いるけれど、
随分、昔のことだし
リンゴの木はなかったようだと
報告しました。
ラティルは、自分が聞いたのは
酔っ払いの心の声でないことは
分かったけれども、
なぜ、今回の心の声は生々しくて
じぶんが経験しているように感じたのか
不思議に思いました。
また、自分に新たな能力が
発現したのかと思いました。
カルレインの幻想を見た時よりは
驚かないけれど、
他の人より、
血の匂いに敏感になったことも
変だと思いました。
サーナット卿にだけ
何か言っている場合ではなく
自分も変だ。
そして、レアンが自分を
ロードだと疑っていたという
母親の言葉を思い出しました。
今まで否定ばかりしていた前提が
初めて揺らぎました。
一体何なのか、
ラティルは唇を震わせました。
◇裏切らないで◇
夜の街を歩いている間、
普段は他愛もないけれど
気持ちよくお喋りをする
サーナット卿が
何も話すことができず、
静かにラティルの後を
付いて行きました。
けれども、
あまりにも長い間沈黙していたので、
結局、サーナット卿は
こうして、
陛下と並んで歩いていると・・・
と口を開きました。
それに対して、ラティルは、
まだ怒りが収まっていないので
過去を振り返るのは止めてと
言いました。
長続きしますね・・・
まだ1日も経っていません。
確か、陛下は小さい頃から・・・
過去のことは思い出さないで。
陛下はお年を召してからも
ずっと心が狭いのでしょうか?
あっ、この人は?
ラティルは横目で彼を睨みつけると
サーナット卿は肩をすくめて、
過去の話はしないでと頼みました。
ラティルは、
現在の話しかしていないと反論すると
サーナット卿は、
ラティルは年を取っても
ずっと心が狭いと言いました。
ラティルは思わず
笑いそうになりましたが
今は一緒にふざけて
遊んでいる場合ではないので
必死に笑うのを堪えました。
ラティルは背を向けて歩き出すと
サーナット卿は、すぐに隣に並んで
彼女が治安所に
捕まったことについては
黙っていると告げました。
ラティルは、
自分が怒りを鎮めなければ
話を広めると
脅迫しているように聞こえると
言いました。
するとサーナット卿は
本音をよく読むようにと言ったので
ラティルはぎくりとしましたが、
本音はよく読むほうだと答えました。
サーナット卿の
笑い声が聞こえました。
その声で、ラティルは
気分が晴れそうになりながらも
いっそう動揺しました。
彼を堅く信じているのに
裏切られたら、
耐えられないだろうと
ラティルは思いました。
彼女はサーナット卿に
自分を裏切ったらだめだと
言いました。
彼は、裏切らないと返事をしましたが
ラティルは疑わしいと答えました。
しかし、サーナット卿は、
疑ってもいい、その間は、
自分に集中してくれるから、
自分は関心を持たれるのが
好きだと言いました。
ラティルは呆れて
サーナット卿を眺めていると
彼はポケットから
ハンカチを取り出し
ラティルに差し出すと、
口に油が付いています。
何を美味しく食べたのですか?
と尋ねました。
ソーセージを食べたせいで
口元に油が付いていたことに、
ラティルは、
心の中で悲鳴を上げて、
ハンカチを奪うように受け取ると
口元をゴシゴシ擦りました。
サーナット卿は笑おうとしましたが
ラティルが大きな咳払いをしたので
話題を変えて、
今から、何処へ行くのかと尋ねました。
ラティルは、
レアンの胸倉をつかみにいくと
答えました。
ラティルは警備兵をからかって
楽しんでいたと思うので、
口元に油が付いていることを
警備兵に指摘されたら
恥ずかしくて
たまらなかったと思います。
指摘したのがサーナット卿で
本当によかったと思います。
久しぶりに漫才のような
ラティルとサーナット卿の
会話を読んで
心がほっこりしました。