113話 レアンの所へ行くと言ったラティルでしたが・・・
◇兄に会いに行く◇
ラティルがレアンを
どれだけ怒っているか、
レアンがどんなに話が上手か、
誰よりもよく知っている
サーナット卿は
ラティルのことを心配しましたが、
彼女は、
先に延ばすわけにはいかないと
淡々と答えました。
今でもラティルは、
自分はロードでないし、
それはあり得ないことだと
思っていましたが
自分に発現する能力が
気になっていました。
人の本音を読めるようになった時は
ただ嬉しいだけでしたが、
その数が一つ一つ増えて行くと
恐ろしくなりました。
どうして、力が強くなったのか。
どうして幻想を見るのか、
どうして、
血の匂いに敏感になったのか。
ラティルは、
兄に会わなければと思いました。
◇私ではない◇
通りすがりの馬車に乗ったラティルは
兄のいる別宮へ行きました。
近くで彼の行動を監視するために、
ラティルは、
問題を起こした兄を
遠くへやりませんでした。
馬車が別宮の前へ到着すると
護衛にかこつけて
レアンを監視していた兵士が
門を開けました。
馬車から降りたラティルは
建物の中へ入ると、
何人かの人とすれ違いましたが、
レアンの部屋の前に到着するまで
誰もラティルを
止めることができませんでした。
彼女は、心の準備をする間もなく
怒りを込めて扉を叩きました。
しばらくして、中から
誰?
と声がしました。
ラティルが「私」と返事をすると
レアンは半分扉を開けて
複雑な目でラティルを見ましたが
彼女はレアンに安否を尋ねることなく
顎で応接室を指し、
聞きたいことがあるから
出て来るようにと言いました。
部屋から出て来たレアンは
柔らかいパジャマを着て
ふわふわの
毛のスリッパをはいていたので
ラティルは無性に腹が立ちました。
そして、
ソファーに座ったラティルに、
レアンは、
依然として仲の良い兄弟のように
コーヒー?
と尋ねたので、
ラティルの怒りはさらに大きくなり
消えて。
と言いました。
レアンは、
ラティルが来るようにと言ったと
告げると、彼女は、
聞きたいことがあって来たと
言いました。
レアンは向かいのソファーに座ると
話してみるようにと
手で合図をしました。
ぐずぐずしていた使用人が
ラティルとレアンの前に
湯気の立ったココアを置いて行くと
彼女は、
レアンが何をきっかけにして
自分のことをロードだと思ったのかと
尋ねました。
レアンは、
こんなに夜遅くに、
急に気になったのかと尋ねました。
彼女は、夜遅いから気になった。
寝ようとして横になったけれど
眠れなかったと答えました。
それは嘘でしたが、
ラティルは瞬きもしませんでした。
ココアは、
ソファーの後ろに立っている
サーナット卿に渡しました。
彼は、これを飲みながら
護衛をするのは
ちょっとおかしいと呟きましたが
両手でカップを受取ると
フーフー吹きました。
ラティルは、
仕事をしている時も
熱が出て来る。
赤の他人や知らない人ならともかく
自分と一緒に育った人が
どうして、
そんな考えをするのかと
尋ねました。
レアンは、
いくつか兆候があると答えました。
ラティルは、
何の兆候かと尋ねると
レアンは、
ちょっとした兆候で、
それを知ったのは
反乱が起きて
ヒュアツィンテが自国へ
帰った時だった。
けれども、
その兆候が現れたのは、
ヒュアツィンテとラティルが
一緒に
くっ付いていた時だったので
その兆候がラティルに現れたのか
ヒュアツィンテに現れたのか
混乱したと答えました。
ラティルは、
大体そうだろうと予想していたけれど
実際に聞くとさらに不快になったので
口を固くつぐみました。
続けてレアンは
その後、ヒュアツィンテは
関係ないことがわかったけれど、
妹が呪われた存在だと
考えたくなかった。
だから調査ばかりしていて
先延ばしにしたと説明しました。
後ろから、サーナット卿が
ココアを吹く音がしましたが、
飲む音は聞こえませんでした。
レアンは、
国のためには仕方がなかった。
もしも、ラティルが
自分の立場だったら、
自分の存在が
国と人々の害になったら
どうしたと思うかと尋ねました。
ラティルは、レアンが
その言い訳を続けるために
母親を裏切るべきではなかった。
そうしてまで、
彼が自分を守りたかった瞬間、
その言い訳は通用しなくなったと
言いました。
けれども、レアンは
ラティルの言葉を聞いても
落ち着いて笑っているだけで、
何も打撃を受けていないかのように
見えました。
そして、自分は
ラティルの言う通り、裏表があり、
利己的な性格だとしても、
もし、ラティル自身が
国の害になる存在であることを
知ったら
どうするのかと静かに尋ねました。
ラティルは、
自分はそんな人ではないのに、
どうして、
そのように考えるのかと
逆に尋ねました。
レアンは、もしそうだったらと
再び尋ねました。
ラティルは、
害にならない方法を
探せば良いと答えました。
それに対して、レアンは、
害になるかならないかは、
ラティルの意志とは
関係ないとしたら
どうするのかと尋ねました。
ラティルは、
自分がどんなに危険で
凄まじい存在になっても
仲の良い妹を殺そうとしたり
公の場で母親を裏切る人よりも
悪い存在にならないのではと
皮肉を言いました。
けれどもレアンは傷つくことなく
信じられないほど、
自分が正しいと思い込んでいました。
その信念が正しいかどうかは
信念を守るのに
何の関係もないようでした。
ラティルは、
気になって来てみたけれど、
やはり理由のない戯言だった。
それでも来て良かった。
本当に大きな証拠でも
あったらどうしようかと
考えていたが、違うようだと
言いました。
すると、レアンは笑って、
自分の話が本当ではないかと
疑うようになったのは、
ラティル自身も、
疑うようになったからではないかと
言いました。
ラティルは、レアンが
そうなることを
望んでいるのだろうと話しました。
彼女はサーナット卿から
カップを奪うと
テーブルの上にドンと音を立てて
置いた後、
でも違う。
トゥーラが生きていて、
アナッチャを救いに来たのを見た
多くの人々がいる。
と言いました。
レアンが確信できるのかと尋ねると
彼女は「うん」と答えて
にっこり笑うと、
カップをポンと叩きました。
ココアがこぼれて
テーブルに広がり、
高級な絨毯の上に落ちている間、
ラティルは後ろを振り返らずに
玄関を出ました。
しかし、馬車の中で
ラティルは両手をぎゅっと握って
私ではない。
必ずしも私ではないはず。
決して私ではない。
と念じていました。
◇自分がロード◇
同じ時刻、薄暗い地下城の中で、
トゥーラはイライラしながら
歩き回っていました。
人間の傭兵に圧倒された瞬間を思い出し
腹が立って仕方がありませんでした。
それと同時に、
自分はロードなのにどうしてと
認めたくないけれど
恐怖心がありました。
狐の仮面は、
ロードが覚醒することは
知っているけれど
どうやって覚醒するかは知らないと
助言していました。
けれども、トゥーラは
ロードの機能を
全く使えていませんでした。
書斎で見た歴代ロードたちの力は
こんなものではありませんでした。
むしろトゥーラは、
食屍鬼に復活した
ヘウンに似ていました。
トゥーラは苛立たしそうに
拳を握ったり緩めたりするのを
繰り返しながら、
自分は必ずロードでなければならないと
言いました。
◇呪われた娘◇
ドカンという音がしたかと思うと
身体の上に木箱が落ちてきました。
箱から飛び出ていた釘が顔を擦り、
ピリッと痛みが走り血が流れました。
ラティルは兄と話をしていたら、
もっと胸が
張り裂けそうになったので
別宮から戻って来るや否や、
顔を洗って
ベッドに横になりました。
ところが、急に
これはどういうことなのか
わからないけれど、
酔っ払いたちと戦う前、
ソーセージを食べていた時に見た
幻想の続きを見始めました。
前回は、小屋の中にいた男が
拳を振り上げるのを見て
幻想が切れたけれども、
その後、身体の持ち主は
男に殴られて
木箱の山の上に倒れたようでした。
自分の部屋で見ていることから
酔っ払いたちの記憶ではないと
ラティルは冷静に
判断しようとしましたが
身体の持ち主の
泣きじゃくる声のせいで
うまくいきませんでした。
彼女は、父親を呼び、
どうしてそんなことを言うのか
尋ねると、男は
お前のお父さんではないって
言ったろ!
と、かっと叫んで、
横に置いてある斧を持ち上げると
ラティルは、内心悲鳴を上げました。
狂っている。
他人の幻想だとしても
あえて、このような場面を
見たくありませんでした。
幸いにも、
男が斧を振り回す前に
小屋の中にいた女が
「止めて!」と言って、
男を押しのけました。
彼の足がよろけて、
持っていた斧が
女の背中の上に落ちました。
身体の持ち主は、
「おかあさん!」と叫びました。
男も、
女を攻撃するつもりはなかったので
彼女を心配しました。
幸い、傷は深くなかったようで
血はほとんど流れませんでした。
自分の顔から血が出ていても
身体の持ち主は急いで立ち上がり
女に駆け寄ると、
医者を呼んでくると言いました。
しかし、話を終える前に
再び男が拳を振り回し
身体の持ち主は箱の山の上に
飛ばされました。
額の辺りが切れて血が目に入り
視界が真っ赤になりました。
お父さん、どうしたの?
と身体の持ち主は怯えた声で
嗚咽しましたが、
男は軽蔑した目で
身体の持ち主を睨みつけると
お前は俺の娘ではない、
妻が拾って来た子だ。
呪われていると分かっていたら
元の場所へ戻すべきだった。
お前のせいで
お母さんが黒魔術師と呼ばれている。
お前が引き寄せている、
その不吉な前兆のせいで。
と言いました。
ラティルの目の前がぼやけました。
身体の持ち主が
泣いているようでした。
男は、
こんなことは懲り懲りだ。
自分の娘でもない
呪われた女のせいで、
なぜ、自分たち家族が
こんなに苦労しなくては
ならないのかと叫びました。
小屋の中から、
子供の鳴き声が聞こえました。
身体の持ち主は
しばらく、
揺りかごの中の子供を見た後、
女に視線を移しました。
彼女は床に横たわったまま
手で顔を覆っていました。
涙が手のひらに落ちてくるのが
見えました。
女も、これが限界なのか
男を止めませんでした。
身体の持ち主はすすり泣きながら
お母さん、違うでしょ?
お父さんは怒っているせいで
あのように言っているんでしょう?
と尋ねましたが、
女は顔を隠したまま涙ぐみ、
ごめんね、ドミス。
本当にごめん。
でも、お母さんも大変なの。
お前といたくない。
お前を守っていたら、
実の娘のアニャまで
死ぬことになるだろう。
と答えました。
◇同じ日、同じ時刻◇
ドミスと聞いて、
ラティルはぱっと目を開けました。
上半身を起こすと
背中に冷や汗が滲んでいました。
窓の外は朝日が差し、
人々が明るく騒ぐ声がしていましたが、
先ほど見た、気分の悪い夢のせいで
その部屋だけ、
変に陰気な雰囲気でした。
カルレインの恋人のドミスは
死んだ人ではなかったのか。
一体、どういうことなのか。
ラティルは混乱している気持ちを
落ち着かせるために
浴室に駆け込み、
冷たい水で顔を洗いました。
髪を洗って、服を着て、
その日の準備をしている時も
一体どういうことなのか
知る術はありませんでした。
朝食に行っても
食欲がありませんでした。
急に他人の過去を
相次いで見るのも変なのに、
その内容が
あまりにも暗くてジメジメしていて、
忌まわしいからでした。
ラティルは上の空で
スープを何口かすくった後、
侍従長に、
不安定な時期だから、
少し貴族たちの管理も
しなければならない。
自分に送られて来た
パーティの招待状の中で
どれでもいいから
一つ持ってくるようにと
指示しました。
首都内で、ある程度、
規模のあるパーティが開かれれば
自然に皇族たちにも
招待状が送られてきました。
ほとんどの招待状が
侍従の所までしか届きませんでしたが
パーティを開き招待状を送るのは
貴族の義務でした。
ラティルは皇帝になってから、
一度も貴族の招待に
応じたことはありませんでしたが、
今はあまりにも気分が良くないので
できるだけ活発で
明るい雰囲気にするために、
その中の一つに応じようとしました。
ところが、侍従長は
ラティルの顔色を窺っていたので
彼女はどうしたのかと尋ねました。
侍従長は、ロルド宰相家と
招待状が届いているけれど
どちらも今晩7時に始まるパーティだと
慎重に答えました。
ラティルは眉をひそめました。
開いた口が塞がらなくなり、
どうして、同じ日の同じ時刻なのか。
そんなに2人の仲が悪いのかと
尋ねました。
ラティルはパーティに招待されても
行かなければいいし、
招待する側は、義務だから
招待状を送るだけで
彼女が本当に来ることは
期待していませんでした。
けれども、他の貴族たちは、
2つの偉大な家門からの招待状を
軽々しく扱うことはできませんでした。
それらの家門が
同じ日の同じ時刻に
パーティを開くということは、
事実上、
2つのうち1つを選べという警告でした。
以前は、ここまでひどくなかった。
閣議の時にも変だと思ったと
ラティルが尋ねると、侍従長は
美術品を買うという些細なことや
案件についても喧嘩をしていると
答えました。
ラティルが舌打ちをすると、
侍従長は、
どちらのパーティに行くかと
尋ねました。
ラティルはドミスの生まれ変わりだと
思いますが、
最初にカルレインのそばで
彼の過去を覗き見たせいか
ラティルは前世の記憶を
思い出しているという考えは
全くなく、
あくまで、他人の記憶を見ていると
思っているのでしょうね。
アイニが、すぐに前世の記憶だと
分かったのとは大違いです。
けれども、アイニが見たものも
ドミスの夢だったのですよね。
相変わらず謎だらけです。