117話 何者かに襲撃されたクラインでしたが・・・
◇陰謀◇
襲撃者が現れ、
襲撃者を捕まえるや否や
誰かが拍手をするとは。
クラインは、音がする方を向くと
マントを着て、
フードを目深にかぶり、
顔を隠している人物が立っていました。
誰が見ても怪しい姿に、
クラインは誰かとも聞かず
そちらへ走って行き
足で蹴ろうとしましたが、
相手は素早く避けました。
クラインは、
相手の動きを追いかけながら
胸倉をつかむと、
相手は逃げようとしました。
ところが、
マントの裾が引っ張られて、
相手の顔が露わになりました。
カリセンの代理公使でした。
クラインは、
人の国で何をやっているのか。
滑稽だ。
と呟くと、
すぐに相手の返事を
聞く必要がないとばかりに
警備兵を呼びました。
ところが、代理公使は
逃げもせず、恐れもせず
クラインに、
側室よりも高い地位に
上りたくないかと尋ねました。
クラインは眉を顰めて
代理公使を見下ろすと、
彼は、クラインの優れた才能が
側室の席に葬られるのは
もったいないと、
公爵が話していたと伝えました。
代理公使は、どの公爵かは
話していませんでしたが、
クラインはダガ公爵だと察しました。
彼は、代理公使の厚かましい態度に
作り笑いをすると、低い声で
頭がおかしい。
どうしてそんなことを
口にするのか。
反逆罪で処罰する。
と言って、
彼の胸倉を引っ張りました。
しかし、代理公使は
側室のクラインに
皇配の座を狙ったらどうかと
進言しただけ。
自国民なら十分言えることだと
弁解しました。
しかし、クラインは、
それならダガ公爵のことを
口にしたりしないだろうと
代理公使を非難しました。
自分と政治の間に
垣根を作って暮している
クラインにとって
代理公使の話は
とんでもないことでしたが、
彼は度胸があるのか、平然と
ダガ公爵の話は
一切、口にしていないと言いました。
クラインは、
そんな言葉遊びには乗らないと言って
せせら笑うと、
代理公使を押しやりました。
彼は、手を伸ばして
クラインのマントの紐をつかみましたが
細い紐で彼の体重を支えることができず
代理公使は後ろ向きに倒れました。
クラインは、その姿を冷たく見下ろし
再び警備兵を呼ぼうとしましたが、
代理公使は、
タリウムに来ている自国の外交官を
むやみに処罰するのは
タリウム帝国を無視する行動だと
言いました。
さあ、どうする?とばかりに
笑っている代理公使を見て
さらに熱の上がって来たクラインは
自制していた荒々しい言葉を吐き
全力で、代理公使の脇腹を
蹴ろうとしましたが
どこからか現れたアクシアンが
クラインを後ろから捕まえたので
彼の足は代理公使の身体を
かすめただけでした。
クラインは怒って、
放せ、止めるなと
アクシアンに抗議しましたが、
彼は、バニルに言われてやって来た。
代理公使の言う通り、
公開的に処理することではない、
カリセンの内紛を
見せているのと同じなので
自重してして欲しいと頼みました。
そして、アクシアンも
代理公使の話を聞いていてたことを
知ったクラインは、
彼の暗い目を見て、彼も、
自分が腹を立てているのと
同じくらい、怒っている。
それでも、自分を止めたのは、
代理公使に八つ当たりすることが
本当に、
カリセンのためにならないことに
気付きました。
国のためにならなくても、
国に恥をかかせたくなかった
クラインは、渋々背を向けました。
そして、アクシアンの言う通り、
代理公使はいつでも処罰できるし
兄に話してもいいと言おうとすると
後ろから血の匂いが漂ってきました。
驚いたクラインが振り向くと、
いつの間にか立ち上がった代理公使が
先ほどの襲撃者が落としていった刀を
自分の心臓に突き刺していました。
目が合うと、彼はにっこり笑い
悲鳴を上げました。
アクシアンは、
余計な誤解を招くかもしれないので
ここから離れなければいけないと言って
急いでクラインを連れて
立ち去りました。
◇ポンポン◇
クラインは、
争って乱れた服装を整えながら、
死んだよね?
とアクシアンに尋ねました。
彼は、正確に心臓を刺したので
死んだはずだと答えました。
クラインは、イカれた奴が
何を馬鹿なことをやっているんだと
呟くと、アクシアンは
代理公使は何を話したのかと
尋ねました。
話を聞いていたはずの
アクシアンが、
なぜ、そんなことを聞くのかと
尋ねると、アクシアンは
自分が聞いたのは、
むやみに他国の外交官を処罰するのは
タリウム帝国を
無視する行動だという部分だけだと
答えました。
アクシアンが全てを
聞いていなかったことに
クラインは呆れましたが、
彼は、後半部分だけ聞いたと
言うわけにもいかないし、
まさか、あの場で
死んでしまうと思わなかったと
当然のように答えました。
先ほどのことを考えるだけでも
腹が立ってきたクラインは、
ダガ公爵が代理公使を送って来て、
自分に、もっと高い位に
上りたくないかと聞かれた。
自分が断わると、
皇配の席のことだと言い訳したと
アクシアンに話しましたが、
途中で、彼が
ヒュアツィンテの側近であることを
思い出し、口をつぐみました。
ヒュアツィンテはそうではないけれど
仲の悪い異母兄弟が、
そのような提案を受けたら
脅威に感じるはずでした。
そう考えると、
クラインはさらに腹が立って来て、
あんなことを簡単に言うなんて
肝っ玉が据わっていると思ったら
まさか死ぬ覚悟とは思わなかった。
そんなことなら、
気絶させればよかった。
と息巻きました。
ダガ公爵は何を望んでいるのかの
アクシアンの質問に、クラインは
兄がダガ公爵の思い通りに動かず、
後継者も生まれないから、
操り人形を変えたいか、
自分と兄の仲を
引き裂きたがっているのではと
答えました。
しかしアクシアンはその言葉に
疑問を持ちました。
それ以外に理由がないと
反論するクラインに、
アクシアンは、
他にも異母兄弟はいるし
すでに、
他国の側室になっているクラインを
強いて選ぶ理由がない。
むしろ一番難しい相手だと
アクシアンは説明しました。
このような問題について
よく分からないクラインは
首を傾げていましたが、
突然、首筋の辺りを手探りすると
顔色が真っ青になりました。
驚いたアクシアンが
どうしたのかと尋ねると、
クラインは、
マントの紐の先に付いていた
ポンポンがないと訴えました。
代理公使と戦った時に
なくしてしまったのかと
クラインは心配しました。
アクシアンは慌てて
自分たちがいた方を見ましたが、
すでに、人が
たくさん集まっているはずなので
確認しに行けませんでした。
アクシアンは、
今、探しに行くことはできないし、
ハーレムに戻れば変に思われる。
マントは自分が預かるので、
クラインはパーティ会場に戻るようにと
指示しました。
そして、
マントは自分が処分するけれど
なくなったポンポンには
何か象徴的な模様があるかと
尋ねました。
顔色が真っ青なクラインは、
それはないけれど、
ラティルが
直接マントを着せてくれたので
形を覚えているかもしれないと
答えました。
◇不安と後始末◇
アクシアンが
マントを処理すると言って
別の場所へ行くと
クラインは人気のない通りを選んで
パーティ会場へ戻りました。
幸いにも、人々の視線は
騒がしい所へ注がれていたので
クラインは、
そっとパーティ会場の隅へ行き
最初から
そこにいたようにしましたが、
なくなってしまった
ポンポンのことが気になり
しきりに唇を噛んでいました。
代理公使がむしり取ったのか?
ただ、紐が切れて転がっているのか?
襲撃者ではないだろう。
彼はとても弱かった。
クラインは、落ち着かない様子で
人々がひそひそ話している所を
じっと眺めました。
彼らは一体何の証拠を持っているのか、
彼らが何を話しているか、
恐れていましたが、
避けて通ることはできないので、
彼は勇気を出して
群衆に近づきました。
一方、マントを持って
ハーレムに戻ってきたアクシアンは
それを燃やせる場所を探しましたが
夏なので
火を使う場所は
調理室しかありませんでした。
しかし、そこは終日、人がいるし、
席を外してくれと言えば
変に思われるので
結局、彼はマントを持って
クラインの部屋の近くに行きました。
ちょうどクラインの部屋の
掃除をしていたバニルは
クラインのそばにいて欲しいと
アクシアンに頼んだのに
何をしているのか、
と尋ねました。
彼は、事情は後で話すので
早くマントを埋めて、
後で燃やすように頼みました。
バニルは
不思議そうな顔をしていましたが
アクシアンは戯言を言う人ではないと
知っているので、
彼の言葉に頷くと、
来る人がほとんどいない
個人の庭に埋めると言いました。
◇握っていたもの◇
ラティルは一日中、
クラインと一緒にいるつもりだったのに
話をしている間に
彼はどこかへ行ってしまったので
探し回りました。
人々が、ある方向へ走っていくのは
知っていましたが
彼女がいる所に
悲鳴は聞こえて来なかったので
ラティルは、
人々と同じ方向へは行かずに
クラインを先に探しました。
すると、サーナット卿が近づいて来て
ラティルを呼んだので、
彼女はクラインを見たかどうか
尋ねました。
しかし、彼の表情が良くなかったので
ラティルは何かが起こったことに
すぐに気がつきました。
サーナット卿は、
カリセンの代理公使が死んだことを
報告しました。
人々が集まっている方向へ
向いながら、
サーナット卿は声を潜めて
すばやく説明しました。
刀を握った方向を見ると
心臓を刺したのは代理公使本人。
しかし、その周りで
争った跡があるのが問題。
しかも、
敵からむしり取ったと思われる
何かを握っている。
事件が起こった場所には
人がたくさん集まっていましたが
ラティルが現れると横に退きました。
状況はサーナット卿の言葉通りでした。
ラティルは何かを握っている
代理公使の手を広げると、
ふわふわのポンポンが現れました。
ラティルは、それを指で持ち上げて、
じーっと見ました。
クラインのマントに
似たような物が
付いていたと思いました。
なかなかラティルに
構ってもらえなかったクラインが
ようやく、自分のための
パーティを開いてもらい
ウキウキ気分だったのに
ドーンと奈落の底に突き落とされて
可愛そうとしか言いようがありません。
それでも、
ヒュアツィンテに何の連絡もしない
クラインのことを不安に思い
ヒュアツィンテが彼の元へ
アクシアンを送っていたのは
不幸中の幸いだと思います。
クラインだけだったら、
パニックを起こして、怒りまくって
より事態を
こじらせてしまったかもしれません。
襲撃者はパーティの隙を狙っていたのか
それよりも前から、
クラインを狙っていたのか。
タリウムに、
ダガの公爵の息がかかった者が
どのくらいいるのか
恐ろしさを覚えます。