547話 アニャドミスは狐の仮面を連れて来るなという条件を出しました。
◇決戦間近◇
エトサ山の頂上に登ると、
小さな野原のように見える
平らな場所がありました。
アニャドミスは
広々とした場所に立ったまま、
最後に剣を振り回しながら
計画を確認しました。
狐の仮面が狐の穴を利用して
アイニ皇后を連れ去るのを防ぐために
わざとダークリーチャーを送り、
狐の仮面と一緒にいるようにしました。
もし狐の仮面が、
一度でも狐の穴を利用する気配を
見せたなら、
取引が決裂するだろうという話も
伝えてありました。
また、山の周りに
様々なダークリーチャーを
たくさん送り、
山を登ってくる人が何人いるのかも
確認させることにしました。
彼らが約束を破って
2人より多くの人を
山の上に送って来るなら、
アニャドミスは、
そのまま帰ることにしていました。
取引がうまくいかなければ、
アニャドミスは
アイニ皇后の命を奪う機会を
逃すことになるけれど、
皇帝も同様に、
自分の命を奪う機会を
逃すことになると思いました。
皇帝が巻き込まれる前の
取引ならともかく、
皇帝を巻き込んだ取引であれば、
皇帝はアイニ皇后を
自分に引き渡すふりをして
自分を攻撃しようとするだろうと
考えました。
以前、タリウム首都の地下で
戦った時、アニャドミスは、
自分が勝利したと信じていました。
そして、皇帝が知らないことが
4つありました。
1つは、
議長からもらった剣の存在。
2つ目は、
アニャドミスが
直接、手を下さなくても
アイニ皇后は死ぬだけでいい。
3つ目は、
皇帝は自分と会っても
戦う時間さえないこと。
4つ目は魔法の指輪でした。
今、魔法の指輪はどちらにあるのか。
クロウは、他の人が
魔法の指輪を手に入れた時、
位置を追跡できる魔法をかけました。
もし魔法の指輪にかけられた
魔法が解除されたり、
魔法の指輪をはめた誰かが
エトサ山へ来たら、
皇帝がアイニ皇后を直接送らずに
偽者に皇后のふりをさせて
送って来た確率が
高いという意味でした。
その場合、アニャドミスは
あえて皇帝と
ここで戦う必要はありませんでした。
正面対決を避けながら
皇帝にダメージを与える方法は
たくさんありました。
アニャドミスは、
指輪の位置を尋ねました。
クロウは追跡魔法と連動した地図を広げ
慎重に位置を確認しました。
アニャドミスは剣をあちこち回して
クロウを急かすことなく待ちました。
息苦しくなるほど時間が経ってから
クロウは眉をひそめながら、
山の下の方にあると答えました。
アニャドミスは、
すぐ下にあるのかと尋ねました。
クロウは否定し、たぶん、
月楼の王宮付近にあるようだと
答えました。
アニャドミスは、
カリセンではなく、
この付近に指輪があるなら
偽者はすでに正体がバレて
指輪を奪われているけれど、
その指輪を利用して
アイニ皇后に偽装した人は
こちらに来なかったということだと
話しました。
緊張していたクロウは、
「良かったですね」と
返事をすると、
安堵のため息をつきました。
しかし、アニャドミスは
少しも表情に
変化がありませんでした。
彼女は、山を登って来た人の中に
アイニ皇后がいるかどうかを
しっかり確認しなければならないと
指示しました。
クロウは、
フードで顔を隠さずに
登って来いと言ったので、
皇后がいなければ
ダークリーチャーたちが
すぐに知らせてくれると
返事をしました。
すると、クロウの言葉が終わるや否や
彼が作り出した小さなカラスが
クロウの肩に飛んで来て座り、
彼の耳に何かを囁きました。
アニャドミスは、
クロウがそれに頷いているのを
見守りました。
しばらくして、
アニャドミスが聞き取れない言葉を
伝えたカラスが、また飛んでいくと、
クロウは緊張した顔で
1人は確かにアイニ皇后だけれど、
もう1人はフードをかぶっていて
顔が見えないと報告しました。
アニャドミスは
ようやく口元を上げました。
もう1人が誰かは関係ない。
どうせ自分の命を奪えるのは
対抗者だけだし、今の対抗者は、
皆、実力がないからと思いました。
◇いざ決戦の場へ◇
ラティルは、
敵は徹底的に準備したと、
ブツブツ言いながら
遠くへ飛んでいくカラスを
見つめました。
クロウという黒魔術師は
カラスが特に好きなようで、
作り出したダークリーチャーは
すべてカラスの形をしていました。
そのせいで、
どれがダークリーチャーなのか、
もしかして、あの中に
クロウが紛れ込んでいるのかどうか、
遠くから飛び回る様子を見るだけでは、
区別をするのが
容易ではありませんでした。
しかし、ラティルは、
こんなことを考えている
時ではないと思い、
首を振ると、再び前に進みました。
◇現れた2人◇
アニャドミスは
正面から風を受けながら、
状況を左右する要因があるとしたら
それが何なのか考えました。
カリセン皇帝の命が
危険だというのに、
あの皇帝がそちらへ行かずに
自分と戦おうとした場合、
どうせ、あの皇帝は
自分の息の根を止められないから
カリセン皇帝から始末する必要はない。
アイニ皇后の方を
先に狙わなければならない。
遅ればせながら、あの皇帝が
アイニ皇后を自分に引き渡す代わりに
他の所を攻撃しないで欲しいと
言って来たら?
アニャドミスは、地下室で
自分を見つめていた
あの皇帝の凶暴な目つきを
思い出しました。
それにカルレインが、
あの皇帝のそばにいる以上、
どうせ、2人は
戦うしかない関係でした。
もし、あの皇帝が
カルレインを人質に取って
彼女を脅迫したら?
アニャドミスは、
自分にできる、
いくつかの良くない状況を
仮定していましたが、クロウが
「来ました」と言うのを聞いて
考えるのを止めて、
クロウの方を向きました。
斜めの山道を、
マントのフードをかぶった2人が
歩いて来るのが見えました。
能力は優れているけれど、
臆病なクロウに、アニャドミスは
「後ろへ行っていろ」と指示すると
クロウは拒否せずに、
すぐに後ろへ行き、
あらかじめ設置しておいた魔法陣を
タイミングよく発動させる準備をし、
自分は後方から支援すると
告げました。
アニャドミスは返事をせずに、
平地が急激に下り坂になる地点まで
行きました。
並んで歩いて上がってきた2人が
立ち止まって、
アニャドミスの方を見上げました。
背丈だけを見ると、
アイニ皇后とあの皇帝が
並んで上がって来るようでした。
彼らがもっと近づくと、
皇帝が跳躍して
剣を振り回すかもしれないので、
アニャドミスは
ある程度距離を置いた状態で、
ここまで来た2人を労いました。
そして、彼らが苦労して
ここまでやって来たので、
今、一番気になっている情報を
一つ教えてあげようかと
提案しました。
アニャドミスの言葉に、
登って来た2人のうち、
背の高い方が、
あからさまに立ち止まりました。
アニャドミスは、
そのような反応を
注意深く観察しながら、
もう知っていると思うけれど、
カリセンにいる皇帝は偽者だ。
本物はパランガジェ山にいると
教えました。
そして、アニャドミスは
にっこりと微笑みながら、
そこがどこなのか
知っているよねと尋ねました。
パランガジェ山は、
月楼の首都を中心に、
この山とは正反対の方向にある
険しい山でした。
クロウが影響力を
及ぼすことができ、かつ、
最大限距離が遠い所を選んだ結果、
この2つの山を
選ぶことになりました。
アニャドミスは、
彼を助ける気があるなら
早く行った方が良い。
今から約2時間後には
毒が散布されるだろうと言いました。
その言葉が終わるや否や、
背の高い方が
どこかへ走り始めました。
アニャドミスは
皇帝が背が高かったことを思い出し
華やかに微笑みました。
アニャドミスが
そっと首を傾げると、
蜂の群れのような小さなカラスが
彼女の後ろから現れ、
背の高い方を追いかけ始めました。
クロウがしっかり
後方支援をしていました。
しかし、アニャドミスは
突然眉をひそめました。
このような反応を予想して
仕掛けた罠でしたが、
皇帝が悩みもせず、
すぐに皇后を捨てて去ってしまう姿が
少し気になりました。
しかし、背の高い方は、
どんどん坂を下っていって、
今は、ほとんど見えないほどでした。
アニャドミスは、
クロウを通じて手に入れた
スパイから、
カリセン皇帝とタリウム皇帝が
一時、恋愛関係にあったという
情報を聞いていたので、
すっきりしない気持ちを
抑え込みました。
彼女は首を傾げて、
まだその場に立っている
1人に微笑みかけ、
また会ったねと言いました。
フードをかぶった人は、
それ以上歩かずに
ゆっくりとフードを脱ぎました。
現れた顔はアイニ皇后でした。
指輪にかけてある追跡魔法が
ここを指していないので、
おそらく皇后本人でした。
アニャドミスは
じっと立って自分を見つめる
アイニ皇后にゆっくりと近づき、
恐れる必要はない。
後々のことを考えるなら、
これがアイニ皇后にとっても
良いことだと、
諭すように話しました。
優しく話しながらも、
アニャドミスは
鋭い爪を上に向けました。
刃のように立てられた爪は
10個の小さな短刀のように
見えました。
しかし、ゆっくりだけれど、
着実に進んでいた、その足は、
アイニの所へ完全に到達する前に
止まりました。
笑顔だったアニャドミスの表情は
一気に歪みました。
彼女は、怒りに満ちた低い声で
「誰だ?」と尋ねました。
自分の前に立っている人の外見は
明らかにアイニ皇后でしたが、
近くで見ると、
アイニ皇后ではないということが
分かりました。
以前、皇后を見た時に感じた
あの感覚が
全く感じられませんでした。
皇后の姿をした別の人であることは
明らかでした。
質問を受けるや否や
アイニ皇后のような誰かが
口角を上げて笑いました。
その笑顔を見た瞬間、
アニャドミスは、相手が誰なのを
すぐに見抜きました。
ギルゴール!
こんにちは、お弟子様。
すべての言葉を
いたずらっぽく吐き出す怠惰な声が
端正で整った容貌から流れ出ると、
アニャドミスは不気味さを
感じました。
アイニ皇后の皮をかぶった
ギルゴールだなんて、
どうかしていると思いました。
姿を変える指輪を手に入れたので、
敵がそれを利用して
皇后を装おうかもしれないという
考えはしたけれど、
でも偽装する人物がいたら
あの皇帝だと思っていたので、
まさかギルゴールだとは
思いもしませんでした。
追跡魔法は
指輪がここにないことを
はっきりと示していたのに、
ギルゴールの指には
指輪がはめられていたので、
アニャドミスは
どうして?
と尋ねました。
指輪がここにあるのに
どうやって追跡魔法は
山の下の方を指したのか
理解できませんでした。
ギルゴールは肩をすくめました。
狐の仮面が魔法の指輪を持って
のぞき込み、
そこから黒い煙のようなものを
持ち上げました。
それが何の原理なのかは
ギルゴールにも
わかりませんでしたが、
今、重要なのは
狐の仮面の不思議で驚くべき
黒魔術ではありませんでした。
ギルゴールは、
吸血鬼の長くて鋭い爪を突き出し、
あっという間に
アニャドミスの目の前に現れました。
彼女は反射的に剣を抜いて
ギルゴールの爪を塞ぎました。
それから続けてギルゴールに向かって
剣を振り回しているうちに、
自分に有利な点が分かりました。
ギルゴールは、
皇后に偽装しているために、
彼が最も上手に扱う槍を
持っていませんでした。
その上、
自分の本当の身体ではないためか、
攻撃する時の距離感も
本来のギルゴールよりは
劣っているようでした。
アニャドミスは素早く怒りを鎮め、
落ち着いてギルゴールを
攻撃しました。
どんなに強くても、この身体は、
ギルゴールが勝てない身体でした。
彼に振り回されず
落ち着いて対応していけば
勝機を握るのはこちらでした。
しかし、アニャドミスが辛うじて
心の安定を取り戻すや否や
彼女は遠くない所で
アイニ皇后の顔を発見しました。
先程、山を下っていた
背の高いマントが
木の上でこちらを眺めていました。
そうしているうちに目が合うと
マントは目を丸くして、
急いで木から降りようとするように
あたふたとしました。
その当惑した態度を見ると、
向こうこそ、アイニ皇后であることが
明らかでした。
「あちらが先だ。」と思った
アニャドミスは、ギルゴールの腕を
足で大きく蹴った後、
すぐにアイニ皇后の方へ走りました。
木から降りてきたばかりの
アイニ皇后の腰に
対抗者の剣がぶら下がっていました。
あちらが確実に本物だと
思ったアニャドミスは
直ちに皇后を斬るつもりで、
剣を握りしめ、
一気に高い所から、アイニ皇后へ
剣を振り下ろしました。
アイニ皇后も同様に、
対抗者の剣を取り出して
振り上げました。
剣と剣がぶつかる瞬間、
鋭い鉄の音と共に
アイニ皇后の姿が、
今度は、あの皇帝に変わりました。
いよいよ、
アニャドミスとの決戦の日が
やって来ました!
今回は、
ラティルとギルゴールしか
登場していませんが、今後、
他の側室たちとサーナット卿も
次々とアニャドミスとの戦いに
参戦していきます。
互いにライバル同士だけれど、
ラティルが危機の時は、
力を合わせることができるし、
それぞれの能力に応じて、
ラティルを助けることができる彼らは
運命により、ラティルの側室に
なったような気がします。