907話 外伝16話 37回時間を戻したラティルは何かを発見しました。
◇答えられない質問◇
それは赤みがかった
影のようにも見えるし、
煙のように見えたりするものでした。
あれは一体何なのか。
ラティルは続けざまに時間を戻し続け
一瞬、見えた赤いものを
詳しく見ようと努めました。
しかし、容易ではありませんでした。
それはアリタルが振り返るよりも
ワンテンポ先に動いていたので、
アリタルが顔を向けた時には
すでに見えなくなっていました。
しかも、振り返った先は
四方が血の海でした。
一体、あれは何なのか。
ただの目の錯覚か。
時間をずらして同じ場面を見ても、
これ以上出てくるものがなく、
途方に暮れる頃、 ラティルは、
別の奇妙な光景を見ました。
モグラが通った後に残った穴、
あるいはネズミの穴のようなものが
部屋の片隅にありました。
なぜ、台所の近くに
ネズミの穴があるのか。
そのネズミの穴のようなものは
一瞬見えた赤みがかったものとは
異なり、ずっと同じ場所にあったので
引き続き時間を戻して、これ以上
確認する必要はありませんでした。
ラティルは、
しばらく、アリタルの記憶の中に
留まっていましたが、その後、
気が遠くなるような気がしたので
見るのは、
これくらいにしておきました。
それから、ラティルは起きましたが
すでに朝日が昇っていました。
前世の記憶を夢で見ると
実感できるけど、
とても疲れました。
意識は、はっきりしているけれど
なぜか、とても
疲れ果てた気分でした。
目を閉じると、
一気に思い浮かぶ過去の悲劇を
頭から消そうとして、
ラティルは両手で瞼をこすりました。
朝食をとりながら、ラティルは
自分が見た光景について
ギルゴールに聞いてみるかどうか
悩みました。
ギルゴールは
今回も返事を避けそうでした。
ギルゴールも知らないだろう。
当時、アリタル本人も、
自分が見たものに、
全然、気づいていなかったから。
ギルゴールは、事件が発生した後に
やって来たので・・・
と考えたところで、
一瞬見えた赤いものは分からなくても
ネズミの穴くらいは
分かるのではないか。
それが元々家の中にあったのか、
それとも、あの時、
突然、できたのかくらいは、
ギルゴールでも
分かるのではないかと思いました。
結局、昼食の時間の頃、
ラティルは温室に
ギルゴールを訪れました。
扉を開けて、そっと歩いていると、
ギルゴールが、草むらの上に座って
目をつぶっている姿が見えました。
彼に押収された、
セルの魂が封印された剣が
横に置かれていました。
ラティルがそこに足を踏み入れると
ふわふわした草を踏む音が
とても小さく聞こえました。
ラティルが近寄ったり挨拶をする前に
ギルゴールは、
誰が来たのか、分かったのか、
目を閉じたまま
返さない。
と拒否しました。
ラティルは、
とげとげしく歩きながら
まだ何も言っていないと言い返すと
セルを挟んでどっかりと座りました。
ギルゴールは
閉じていた目を開きました。
彼はセルの魂が入った剣を手に取り、
一気にラティルがいない方の側に
移しました。
「ひどい」とラティルは
呆れたように不平を言いましたが、
ギルゴールは
剣の位置を変えませんでした。
彼は、
どうして、そんなに
無駄な好奇心が旺盛なのか。
それを知ってどうするつもりなのか。
もう全部、過ぎたことではないかと
ラティルを責めました。
ラティルは、
もしかしたら、
少し誤解があったかもしれないと
返事をしました。
ギルゴールは、
あったとしても、
もうお嬢さんは呪いを解いた。
呪いは解けたけれど、
やるべきことは、たくさんある。
ただでさえ、お嬢さんは
忙しいのではないかと指摘しました。
ラティルは、
もちろんそうだけれど答えると
ギルゴールは、
それならば、
もう首を突っ込むなと警告しました。
しかし、ラティルが、
ギルゴールとシピサは、
まだあの時代から
抜け出せずにいるではないかと呟くと
すぐにギルゴールはため息をつき、
剣を持って立ち上がりました。
彼はラティルの額にキスをし、
大股で歩いて行きました。
また、逃げようとしていました。
どこへ行くの!
ラティルは、彼を追いかけて
捕まえようとしましたが、
ギルゴールは、
決して足を止めませんでした。
ラティルは、
なぜ、ギルゴールは
答えたくない時に逃げるのか。
本当に面白い。
ギルゴールが、ずっとこうだから、
模範を見せないから、
シピサも、何か言いたくない時は
すぐに逃げるのではないか。
彼を追いかけることができなかった
ラティルは、怒りのあまり、
どんな言葉でも吐き出しました。
その時になって、
ようやくギルゴールは立ち止まり、
さっとラティルを振り返りながら
眉を顰めました。
シピサが私に似て性格が悪いって?
とギルゴールが尋ねると、
ラティルは、
何を言っているのか。
シピサの性格は、
ギルゴールよりずっといい。
顔は似ているけれど
性格はシピサのほうが百倍いい。
問題は、シピサが持つ唯一の短所が
ギルゴールから
受け継いだものであること。
シピサとギルゴールは、
問題が起きると逃げてしまうと
主張しました。
皇帝が来たことを知って
簡単なおやつを持って出てきた
ザイオールは、夫婦喧嘩を耳にすると
後ずさりして、その場を避けました。
彼は地下にある自分の居場所に入り、
扉をしっかり閉め、
これから3時間は、
ここに隠れていると誓いました。
ラティルとギルゴールは
ザイオールが来たことを
知っていましたが、
気にしませんでした。
ギルゴールは、
自分が何を聞いたのか
すぐに把握できなくて
耳元をいじくり回しました。
彼は、自分がシピサに
お粗末な教育をしたから
あのように大きくなったと
言いたいのかと尋ねると、
呆れた様子で
ラティルをじっと見ました。
これは全く話にならない指摘でした。
なぜなら、彼は
シピサを教育できるほど、
彼のそばにいなかったからでした。
6歳の時、
アリタルが子供を連れて去った後は、
子供に影響を与えるほど
近くにいたことが
全くありませんでした。
セルの性格が悪いと自分を非難するのは
仕方がないけれど、
シピサに影響を与えた人がいるなら
それは、アリタルと議長であり、
自分は絶対に
そうではありませんでした。
このような過去の痕跡を
指摘されることにも
気分が悪くなりました。
ラティルは、
ギルゴールも自分の言うことに
同意しているから、
何も言えないではないかと
鼻で笑うと、
ギルゴールの背中の骨が
ボキボキ鳴りました。
人間たちが、
子供の良い点は、皆自分に似ていて
悪い点は、皆相手に似ていると言って
喧嘩をしているのを
見たことがありましたが、
自分が、そのような目に遭うとは
思ってもいませんでした。
ギルゴールは、
お嬢さん、しっかりして。
シピサを育てていたのは、
お嬢さんと、あの木だと
ため息をつくように皮肉ると、
ラティルは
ああ、違う。
と鼻で笑い、
ギルゴールの心臓を軽く叩きました。
ラティルは、
それは血によって受け継がれた短所だ。
育てていないのに
性格が似ているということは
誰が見ても遺伝だと主張しました。
ギルゴールは、
絶対に自分のせいにするのかと
尋ねました。
ラティルは、
しきりにギルゴールが逃げるからだと
偉そうに答えると、
ギルゴールは腕を組んで、
ラティルの周りをゆっくり回りながら
意味深長に笑いました。
彼は、自分のお弟子さんが、
困った質問をされても、
逃げずに持ち堪えることができるか
気になるので、一度見てみようと
提案しました。
ラティルは、
自分は皇帝なので、
逃げないし、きちんと答えるし
困った質問も避けないと主張しました。
ギルゴールは頷くと
ラティルと向き合いました。
ラティルは、この隙に
剣を奪ったらどうかなと思い
視線を落としましたが、
ギルゴールが
顎を押し上げたので、再び頭を
上げなければなりませんでした。
ギルゴールが少し腰を屈めると、
目の前で目が合いました。
ギルゴールは、
ラティルの目の反応を
一つも逃さないように、
そのまま、目を合わせながら
旦那さんの中で、
誰が一番好きかと尋ねました。
ラティルは、
幼稚だ。
なぜ、そんなことを聞くのかと
尋ねました。
ギルゴールは、
お嬢さんが、どんな困難な質問も
避けない皇帝だから?と
答えました。
ラティルは
胃がムカムカして来たので
ギルゴールをじろじろ見ながら、
自分はメラディムが一番好きだ。
彼は、いくら答えにくい質問があっても
誰かのように避けたりしないと
意地悪な気持ちで答えました。
ギルゴールは、
彼が、全部忘れてしまうからだと
皮肉を言うと、ラティルは
とてもハンサムだし、
人魚のしっぽもあるからと答えました。
ギルゴールは、
自分にもあると言って、
小さな湖を目で指し示すと、
ラティルは、以前、あの湖の中に
血人魚の尻尾が入っていたことを
思い出して、沈黙しました。
話す時は、
楽しくて騒いでいたけれど、
話しているうちに、ギルゴールが
どのように出て来るか
心配になりました。
ギルゴールは、その姿を見ながら
ニヤニヤ笑った後、
頬を軽くつねったり離したりしながら
難易度を、
もう一段階上げてみようかと
提案しました。
ラティルは、
誰が一番キスが上手なのかという
質問はするなと警告すると、
ギルゴールは、
何を考えているのか。
それは、当然自分だろうと
返事をしたので、ラティルは驚いて、
何を言っているのか、違うと
否定しました。
するとギルゴールは、
4人の子供の中で誰が一番好きかと
尋ねました。
このように稚拙で卑劣な質問が
あるだろうか。
ラティルは、予想できなかった質問に
ショックを受け、目を見開きました。
これは本当に、本当に
触れてはいけない質問ではないか。
しかし、ギルゴールは
ニコニコ笑いながら
ラティルを見つめるだけで、
質問を帳消しにしませんでした。
皆、同じようにいいなんて
言わないでと
ギルゴールが警告すると、
ラティルは、彼をじっと見つめた後
彼を押し退けて、
急いで温室の外に飛び出しました。
絶対に答えないお嬢さん!
どこへ行くの?
ギルゴールは聞こえるように
叫びましたが、ラティルは
執務室に到着するまで
後ろも振り返りませんでした。
当然、ギルゴールが、後ろから自分を
色々な感情の混ざった目で
見ていることに気づきませんでした。
ラティルが急いで入ってくると、
陛下、大丈夫ですか?
と侍従長は戸惑いながら尋ねました。
ラティルは、
水を1杯欲しいと呟くと、
机によたよた歩いて行き
寄りかかりました。
侍従が、すぐに
水を持ってきてくれました。
驚いていた気持ちが落ち着くと
ラティルは遅ればせながら
腹が立って来て、
コップをドンと音を立てて
机に置きました。
ひどい。
自分は過去に起きたことを
聞いているのに、ギルゴールは、
答えのない質問をしてきた。
もちろん、ギルゴールにとっては
自分の質問の方が、
もっと嫌かも知れないけれど。
でも、普通、誤解の可能性があるなら
それを解きたいと思わないのか。
なぜ、あえて、
そのまま見過ごせというのか。
皇帝が息を切らして
一人で落ち込んでいると、
秘書たちは、互いにチラチラ見ながら
首を横に振りました。
皇帝が、なぜ、ああなのか
誰も知りませんでした。
結局、そのネズミの穴か、
モグラの穴のようなものが
元々家にあったのかかどうか
聞けなかったと心の中で呟くと
ラティルはため息をついて
腕の中に顔を埋めました。
またもや、真実を突き止めることが
できなくなってしまった。
どうすればいいのか。
このまま本当に
諦めなければならないのか。
いや、自分は絶対に諦めないと
自分に言い聞かせました。
◇他の所から◇
夕食の時間になると、ラティルは
別の考えを思いついたので
ゲスターを訪ねました。
彼は菜園の前にしゃがんで
何かを埋めていましたが、
ラティルが来ると
急いで土で穴を埋め、
立ち上がりながら振り向きました。
陛下・・・私を呼びましたか・・・?
とラティルに尋ねるゲスターが、
じっと彼女を見つめながら、
後ろ足で土をかけ続けるのを
ラティルは見ました。
彼女は、何を埋めたのだろうかと
疑問に思いましたが、
ひとまず、こちらの方が
急を要しました。
ラティルはゲスターの腕をつかんで
寝室に入り、
聞きたいことがあると尋ねると、
温かいタオルを持って
近づいて来るトゥーリに
出て行くようにと目配せしました。
彼が出て行くと、
ラティルはタオルで
ゲスターの手を拭きながら、
前に彼が、ダガ公爵の魂を
死体から抜き出したことについて
言及し、他の所からでも
魂を抜き取ることができるかのと
尋ねました。
ゲスターが、
「他?」と聞き返すと、
例えば、剣の中に
魂が封印されている場合と
説明しました。
ゲスターは、ラティルが
自分の腕を握りしめていることで
心が乱れてしまい、
すぐに「できます」と答えた後、
その理由を尋ねました。
ラティルは、
それならば、剣から
魂を取り出してもらえないか。
その魂と話がしたいと答えました。
セルは当時6歳でした。
ギルゴールは、どうせ、セルは
その時のことを
覚えていないだろうと言いました。
ラティルもこれに同意しました。
しかし、その一方で、
ギルゴールは、
あえてセルの魂が入った剣を
回収して行きました。
ラティルは、この部分が嫌でした。
ゲスターは、
できるけれど、もしかして
シピサの双子の片割れの魂を
呼び出したいのか。
ギルゴールもシピサも
嫌がっているようだけれど
大丈夫なのかと尋ねました。
ラティルに、
ギルゴールとシピサの傷を
ほじくり返して欲しくないと
思う一方で、真実を知る方が、
二人のためになるなら
諦めないで、ラティルに
真実を追求して欲しいと思います。
きっとアリタルも
二人の幸せを願っているでしょうから。
今回、ラティルから
頼まれごとをされても、
断らなかったゲスター。
最近、ゲスターの前でラティルが
やたらとニヤニヤしていたのと
腕を握られたのが
功を奏したのかな?と思いました。