910話 外伝19話 過去の真実は、ラティルに分からずじまいでした。
◇関心を示す話題◇
ラティルは心が落ち着かず
仕事中に落書きをしていました。
サーナットは
ラティルの後ろに立っていたので、
すぐに落書きを見下ろしました。
それは棒と丸で描いた
人の姿でしたが、
走っているのか踊っているのか
難解な動作をしている絵でした。
その絵を
じっと見ていたサーナットが
「陛下」とラティルを呼ぶと
ラティルは、
ぼんやりと手を動かし、
サーナットの方を向きました、
「えっ?」と返事をすると
サーナットは顎で
絵を指しながら、
誰の骨かと尋ねました。
ようやくラティルは、
落書きをしていたことに
気づきましたが、
何も考えていなかったと
言いたくなかったので、
わざと笑いながら
上手に描けているでしょう?
と言い繕いました。
サーナットは、
忠臣がこれでは困るけれど、
上手に描けていないと
真顔で正直に答えました。
ラティルは呆れて、
彼のわき腹を軽くつねりました。
先程のぼーっとした表情が
消えたように見えると、
サーナットは安堵して
一緒に笑いました。
しかし、サーナットの戯言に
しばらく気分が良くなったと思った
皇帝は、書類を少し
注意深く見ているかと思ったら、
再び紙の隅に落書きし始めました。
その無意識のうちの行動を
サーナットは心配し、
顔を強張らせました。
シャレー侯爵もやはり、
皇帝がずっと落書きするのを
見ていましたが、わざと
知らんぷりをしているようでした。
サーナットは、
皇帝の、半分ぼーっとした表情を見て
アナッチャ様は、
今何をしているのでしょうか?
と、わざと
ラティルが関心を示すような
話題を取り上げました。
その効果があり、ラティルの目に
一気に光が戻りました。
彼女は意地悪そうに笑いながら、
喧嘩をしているのではないかと
答えました。
◇口うるさい母親◇
アナッチャとアイニ、
そしてトゥーラとヘウンは、
あるレストランのテーブルを囲んで
奇妙な対立を繰り広げていました。
食事をするために集まったものの
彼ら4人が顔を合わせるや否や、
雰囲気は一気に殺伐と化しました。
特に、アイニとトゥーラ、
アナッチャの対峙は
鋭いものがありました。
ヘウンはフォークで
自分の皿をかき混ぜながら
4人が一堂に会する度にこうなると
心の中で嘆きました。
4人は、今日初めて
会ったわけではありませんでした。
半月前にアナッチャが合流したので
4人で一緒に行動するようになって
すでに、かなりの時間が
過ぎた状態でした。
それでも4人が
1つのテーブルを囲んで座ると、
いつも、このように
雰囲気がぎこちなくなりました。
ヘウンは、早くメインの料理が
出てくることを願いながら、
訳もなくキッチンのある方を
何度も、のぞき込みました。
しかし、
彼の切実な願いにもかかわらず、
料理が出て来る前に、アナッチャが
先に攻撃を浴びせました。
彼女はアイニに、
自分は、こんなことは
言わないつもりだったけれど、
昨夜の2人を見て、
このまま見過ごしてはいけないと
思った。
もしかして、アイニは
自分の息子を狙っているのかと
尋ねました。
ヘウンは何も聞こえないふりをして
視線を横に向けると、
コップを両手で握りました。
トゥーラは、
冗談を言われたかのように
アナッチャの腕をポンと叩き、
それは、どういう意味かと
アナッチャに聞き返し、
ヘウンの顔色をうかがいました。
すぐにアイニは、
不愉快なことを言われたと
冷淡に呟きました。
トゥーラも、
そんなことは、冗談でも
言わないで欲しい。
互いに気まずくなるからと
付け加えました。
しかし、アナッチャは、
どうしても返事を聞きたいらしく、
もっと気まずくなるのを防ぐために
こうしている。
こういうことは、前もって
はっきりさせておいた方が
いいのではないかと主張しました。
トゥーラは、
とんでもないことを言わないでと
再び母親に頼むと、アイニも
とんでもないことだと同意して
頷きました。
しかし、その2人の様子を見た
アナッチャの表情が、
さらに硬くなりました。
彼女は、
それならば、なぜ、昨日の夜は
ヘウンを放って
2人だけで会ったのかと尋ねました。
ヘウンは、
火花が飛ぶのではないかと思い
目を伏せてサラダを見ました。
昨日は相談事があったと
トゥーラは答えました。
アナッチャは、
その相談事というのは、
夜に2人だけで会って、こっそり、
やらなければならないものなのか。
日が昇った後や日が暮れる前にするか
ヘウンを呼んでも
良かったのではないかと反論しました。
また自分の名前が出て来ると、
ヘウンは、
もっと深く頭を下げました。
アイニは、
もちろん、自分もそう思った。
でも、トゥーラも自分も
子供ではないのに、
トゥーラに言うべきことを、
あえて他の人を通して伝えるのは
もっと変だと思わないかと
アイニは堂々と主張しました。
すると、アナッチャは、
2人とも、お互いに興味がないし、
今までも何もなく、
これからも何もないだろうと
自分の前で天に誓うように。
自分は疑い深い性格だけれど
そうすれば2人を信じてみると
つっけんどんに提案しました。
アイニは怒った様子で
広い窓を眺めるだけで、
誓いはしませんでした。
ヘウンは彼女の顎に
力が入っているのが見えました。
トゥーラは、
どうやって天に誓うのか。
もやもやするではないか。
そんな誓いは
簡単にするものではないと
呟きました。
その姿にかっとなったアナッチャは
文句を言おうとしましたが、
トゥーラは、突然、
従業員の所へ行ってくると言って
席を外してしまいました。
アイニは、
トイレに行ってくると言って
反対方向へ行ってしまいました。
ヘウンと2人きりで残された
アナッチャは、
呆れて口をパクパクさせ、
ぼんやりと座っているヘウンに
アイニは皇子の婚約者なのに
2人に怒らないのかと聞きました。
ヘウンは気まずくなり、
食餌鬼の体でも、
胃もたれしそうでした。
いつまで、こうやって
過ごせばいいのだろうかと
悩みました。
◇サーナットとの未来◇
グリフィンがこの話を伝えていたら
おそらく、ラティルは興味津々で
鬱積した気分を
一気に吹き飛ばしたはずでした。
しかし、グリフィンが
まだ帰って来ていないため、
彼ら4人が言い争いながら
旅行中であることを、
ラティルは、まだ知りませんでした。
ラティルは、
一瞬、アナッチャの話題に
元気を出しただけで、
すぐに興味が薄れると、
再び不機嫌そうに
書類を見下ろしました。
依然としてラティルは
1ヶ月近く時間を費やして、
解明しようとした情報が
役に立たなかったことに失望し、
その感情から、
簡単に抜け出すことが
できませんでした。
努力した分、
ひどい後遺症が出ました。
そんなラティルを
見ていられなくなったサーナットは
彼女が休息している時に
彼女の肩を叩きながら、
そういえば、最近、皇帝は、
あの偽の未来を見せてくれる
怪物を訪ねていないと、
自然に話を振ってみました。
幸いラティルは、
しばらく忘れていた存在に
すぐに興味を示しました。
続けて、サーナットが、
しばらくの間、皇帝は怪物に
夢中になっていなかったかと
指摘すると、ラティルは
「そうですね」と返事をして、
再び目を輝かせ始めました。
サーナットは安堵して
皇帝の頭を後ろから抱きしめると
ラティルに、
時間がある時に怪物を訪ね、
自分と皇帝の未来を一度見て欲しいと
頼みました。
ラティルは、
サーナット卿との未来なら、
父親が適当な時に
選んでくれた結婚相手が
サーナット卿ではないかと
言いました。
サーナットは、
他の男たちが割り込まない
未来の中で、
ラティルと結婚式を挙げ
平凡な夫婦として過ごす姿を
思い浮かべると、
思わず優しい笑みを浮かべました。
きっと、そのような未来は、
とても甘く、
いつも二人で一緒にいて、
他の男たちが
邪魔をするのではないかと
心配することもなく、
寝室も一緒に使うはずでした
そして、人々は
「ラトラシル皇女と結婚した男」
と聞いて、
「多いけれど、その中の誰?」と
聞き返すのではなく、
「サーナット卿」と言うはずでした。
サーナットは、
確認してみればわかる。
皇帝が一度、確認してから
自分に教えてくれるのはどうか。
聞きたい。 楽しみだと言うと
ラティルは、
サーナットの手をいじくり回し
「分かった」と返事をして
頷きました。
◇メラディムとの世界◇
その夜、ラティルは
監獄にいる怪物を訪ねました。
皇帝が自分のことを
忘れてしまったに違いないと
悲しんでいた怪物は、
久しぶりにラティルが現れると、
嬉しくて、飛び跳ねながら
鉄格子の前まで走って来ました。
その喜ぶ姿に、
通りかかった聖騎士が目を丸くすると
ラティルは、
誤解されるのではないかと思い、
あまり喜ばないでと言って
急いで手を振りました。
でも、嬉しいからと
怪物が喜んでいると、ラティルは、
自分がハンサムな怪物を隠して
訪ねて行っているという
噂が広まっている。
そんな噂は気にしないけれど
あなたはハンサムではないと
言いました。
ラティルは、
ハンサムな人間の姿をした怪物との
スキャンダルには耐えられましたが
ハエの目をした
不思議な怪物とのスキャンダルには
耐えられませんでした。
それでも、ラティルは、
怪物がハンサムでないと言ったことを
謝りました。
しかし、ラティルは、
自分がハンサム好きだと
思っている人たちは、
自分に取り入るために、
ハンサムな男たちを
紹介しようとする。そこへ、
自分が変な怪物も好きだという
噂が流れたら、
きっと変な怪物を連れて来て、
自分に捧げようとする人も
出てくるはずだと言いました、
怪物は、
ロードの一言一言が
短刀となって自分を傷つけると
悲しそうに呟きました。
そして、ラティルが手を差し出すと、
思わず振り払うところでしたが
自分の未来のために、
少しの侮辱は我慢できました。
いずれにせよ、
この監獄から脱出させてくれるのは
ロードだけだと思いました。
怪物は、
今度は誰との未来を見るかと
尋ねました。
ラティルは、
サーナットと言おうとしましたが
最後の瞬間に気が変わりました。
サーナットとの未来も
気になりましたが
今は、ジメジメした気持ちを
晴らすために来たのでした。
このような時は、
少し明るくて愉快で軽い未来が
気になりました。
そして、ラティルが思うに、
確実にそのような未来を
保証してくれる側室は
1人だけでした。
ラティルは、
血人魚王のメラディムを
知っているかと尋ねました。
怪物は、
よく知っていると答えると
笑いながら、鉄格子の外に
手を差し出しました。
そして、時間は
どのくらいにするかと尋ねました。
ラティルは、
今日は少し長く見る。
3時間くらいと答えました。
◇恋に落ちた感情◇
怪物の手を握って目を見た瞬間。
ラティルの目の前から
怪物の顔が消え、
メラディムの顔が現れました。
ところが、
その顔が目の前にあったので、
これは近すぎるのではないかと
思った瞬間、偽ラティルが
メラディムの背中をつかみました。
あれ?
ラティルが
さらに混乱に陥っている間に、
メラディムもラティルを
ギュッと抱きしめて、自分の方へ
ぐいっと引っ張りました。
いや、これはどういう状況?
ラティルが判断を下す前に、
2人の唇が重なりました。
うわぁ!
ラティルは叫びましたが、
偽ラティルは
メラディムとキスをしました。
実際、彼と
キスしたことがなかったラティルは
悲鳴を上げ続けましたが
偽ラティルは、
メラディムとキスしながら
幸せそうにしていました。
もしかして、もう結婚したの?
もう付き合ってるの?
幸いキスは長くありませんでした。
軽いキスが終わると、
偽のラティルは、
彼から唇を離しながら
「ちょっと待って」と囁きました。
ラティルは後になって、
メラディムと偽ラティルが
水中にいることに気づきました。
一体、何がどうなったのか
分からないけれど、2人は
どこかの森の湖の中にいました。
メラディムは、
何でも言ってみろ。
何を言おうが、全部聞いてやると
偽ラティルと額を突き合わせて
囁きました。
ラティルがロードであることを
知らないのか、
ロードに対する時の
話し方ではありませんでした。
偽ラティルは、メラディムの胸に
頭をもたせながら
先程、言った言葉は本当かと
尋ねました。
メラディムは、
自分が何を言ったかと聞き返すと
偽ラティルは、
「人間を愛したのは初めてだって」
と自信のない声で呟くと、
メラディムは、
さっと彼女を抱き上げて湖畔に座らせ、
腕を伸ばして
頬を優しく撫でながら笑いました。
そして、自分が人間を愛したのは
初めてだというと、 偽ラティルは
恥ずかしがりながらも、
彼の手に顔を預けました。
ラティルは、恋に落ちたという感情を
存分に感じました。
しかし、ラティルは
偽ラティルが囁く時、
メラディムが一瞬見せた
鋭い目つきを見逃しませんでした。
アナッチャたち4人の喧嘩を
グリフィンがラティルに報告する時
アナッチャやアイニが、
口だけでなく手を出したとか、
取っ組み合いのけんかになったとか
嘘をつくのではないかと
想像しながら読みました。
トゥーラは食餌鬼なので
結婚することはないでしょうけれど
アナッチャのような母親がいると
分かったら、
女性から敬遠されそうです。