913話 外伝22話 皇女ラティルは聖騎士に、血人魚たちを追い出せと命令しました。
◇容易な相手ではない◇
昔の自分は
本当に憚ることもなく
怖いもの知らずだった。
ラティルは、
皇女ラティルの果敢な指示に
舌を巻きました。
皇女ラティルは
自尊心が傷ついたことを
最も重要に考えているようで、
人魚や血人魚に対して
何の恐れもないように見えました。
もしかしたら、
人間ではない人たちには
強力なタリウムの法律が
適用されないことを
まだ考えていないような気もしました。
メラディムが、
素直に追い出されるはずがない。
ラティルは、
一見、メラディムが
いつも楽しく適当に
暮らしているようだけれど、
絶対に自分が損をするようなことは
しないことを知っていました。
ギルゴールに、
堂々と敵意を露わにしながら、
長い間、悪縁が続くのを見ても、
彼が容易な相手ではないことは
確かでした。
ところが、この状況で
皇女ラティルが
メラディムを襲撃しようとすれば、
どうなるのだろうか。
今、メラディムは、
皇女ラティルがロードであることすら
知らないようだけれど。
ラティルは、
事がうまく解決されなければ
ならないのにと嘆きました。
◇集中豪雨◇
数日後、皇女ラティルが
心の平穏を取り戻すために
湖畔でおやつを食べていると、
ラティルが心配していたことが
起こりました。
皇女ラティルが
お菓子を口に入れて噛むと、
突然、目の前に
人魚の頭が一つ現れました。
皇女ラティルは仰天して
お菓子の器を前方に投げ捨てました。
宮殿の湖に不意に現れたメラディムは
顔めがけて飛んでくる器を
簡単に受け止め、お菓子を口に入れて
食べることさえしました。
皇女ラティルは、最初、
メラディムを見て驚きましたが、
すぐに怒りが頭にまで上り
侵入者だ! 捕まえろ!
と叫びました。
周りの警備兵たちが
騒ぎを聞いて
急いで駆けつけ始めましたが
メラディムが尾ひれを大きく動かして
警備兵たちと皇女ラティルの頭に
水をかけると、
人々は、皆驚いて止まりました。
魚の尾ひれがあった!
人魚?!
人々は、
自分たちが一瞬にして見た光景を
思い出しながら
ひそひそ話しました。
しかし、
皇女ラティルは怖くないのか、
息を切らしながら水辺に近づくと、
メラディムを詐欺師呼ばわりし、
ここがどこだと思って
勝手に入ってくるのかと
抗議しました。
メラディムは、
来たくて来たのではない。
自分だって、
気に入らない人間の顔を見たくて
来たりしないと反論しました。
皇女ラティルは、
きれいな顔だと言ってくれたのにと
抗議すると、メラディムは、
不愉快な人間を送って
自分たちを湖から
追い出そうとしたのは皇女かと
尋ねました。
皇女ラティルは腕を組みながら
メラディムを見下ろすと、
自分が追い出そうとしたのは、
人魚を詐称する怪物だと答えて
笑いました。
メラディムは舌打ちすると、
実に性質が悪い。
自分に振られたからといって、
自分たちの種族に復讐するなんて。
こんなに
血も涙もない人間がいるのかと
非難しました。
事態を静かに見守っていた
見物人たちは、その言葉を聞くと、
互いに微妙な視線を交わし始めました。
皇女が人魚に振られたことを、
すでに知らない人はいませんでした。
しかし、皇女ラティルは非難されても
少しも、恥ずかしがる様子は
ありませんでした。
彼女は鼻で笑い、しゃがみこんで
メラディムの頭に水を注ぐと、
あなたたちが怪物だと
明らかにしていたら、
あなたがプロポーズしても
自分は断った。
しかし、あなたは
自分を人魚だと名乗った。
自分はあなたが人魚だから受け入れた。
ところが、実は人魚ではなく、
最初から自分を騙していた。
あなたの種族は、
あなたが詐欺を働いていることを
知りながらも、止めなかった。
だから、まとめて復讐していると
言いました。
人魚と比較されるのが嫌いな
メラディムの顔が
赤みを帯びて来ました。
人魚だから受け入れたのかと
彼が尋ねると、皇女ラティルは、
まさか自分が、
その偉そうな顔だけを見て
プロポーズを受け入れたと思ったのかと
言い返し
「人魚になりすました怪物」と
罵倒しました。
そして、
人魚とは比べ物にならない
怪物なんかが、
人魚のふりをするのがいいと思って
騙すなんて。
あなたたちの種族を全員始末しろと
指示しなかっただけでも
感謝しろと言いました。
騙されて
気分が悪かったと言う
皇女ラティルは、かなり不愉快で
積り積もったものが多そうでした。
見守っている人たちは
皆これに気づきましたが、
口を閉ざして視線を避けました。
しかし、メラディムは、
皇女ラティルが人魚を褒め称えて
自分を侮辱する度に、
ますます表情が固まっていき、
結局、我慢ができなくなって
空中で手を振りました。
すると、皇女ラティルの頭上に
集中豪雨が降りました。
クラインが、
よくやられているものでした。
皇女ラティルは
悲鳴を上げながら飛び上がりました。
無礼な奴だと抗議しましたが、
メラディムは、
本当に無礼なのは誰なのか。
ギルゴールが追いかけていた時から
絶対に良い人間ではないと思ったけれど
こんな性質で一国の皇女だなんて、
ここの国民が実にかわいそうだと
非難しました。
この魚が!
尻ひれもない人間なんて!
メラディムは、再び、
皇女ラティルの頭の上に水をかけ
湖に入ってしまいました。
あの魚人間!
皇女ラティルは怒って叫びましたが
人々が自分をぼんやりと
自分を眺めていると
口をつぐみました。
しかし、静かになったからといって、
彼女が本当の意味で
静かになったわけでは
ありませんでした。
皇女ラティルは、
最初は、人前であいつに振られ、
今度は水まで飲まされたと
プンプン怒っていましたが、
ラティルの気分は半々でした。
しかし、人間には感心がないと
言っていたメラディムが、
いきなり、先に自分を誘惑したのは
ギルゴールのせいだと分かって
すっきりしました。
確かに、メラディムが
自分の側室になったのも、
ギルゴールが自分の
側室になったからでした。
しかし、クラインがよく受けている
頭上の集中豪雨に2度も遭ったのは
ラティルも不愉快でした。
皇女ラティルは、何度も水を蹴ると、
後ろを振り返り、
今度、湖に彼が現れたら、
すぐに塩を振りかけて追い出せと
命令しました。
◇また現れた◇
しかし、次にメラディムが現れたのは
湖ではありませんでした。
皇女ラティルが、息を切らしながら
自分のバスルームへ入ると、
水が張られた浴槽の中に
メラディムが入っていました。
あっ!また来た!
驚いた皇女ラティルは
持って来た入浴剤を投げつけました。
入浴剤は浴槽に当たって粉々になり、
この状況に合わない
濃いバラの香りが漂いました。
メラディムは入浴剤の粉を
鼻に当てて、香りを嗅ぎました。
めまいがするのか、頭を振りながら、
人間皇女には似合わないと
言いました。
なぜ、あなたがここにいるの!
皇女ラティルは、洗面器を手に取り
メラディムに向けながら尋ねました。
メラディムは舌打ちすると、
本当に暴力的な皇女だ。
人間たちは体面を重視し、
無駄な礼儀作法を作りながら
遊ぶと聞いていたけれど
全部デマだったようだと呟きました。
しかし、皇女ラティルは無視して
洗面器を頭の後ろに構えて
投げる態勢に入りました。
しかし、彼女が洗面器を投げる前に、
再び、集中豪雨を浴びました。
この魚が!
しかし、何度か経験しているうちに
慣れてしまったのか、
皇女ラティルは水を浴びながらも
洗面器をメラディムに投げました。
メラディムも、
これは予想できなかったのか
額に洗面器がぶつかると、
首筋をピンと伸ばしました。
メラディムは、
皇女が血人魚を
始末しようとしていると
非難しましたが、
皇女ラティルは、それを無視して
誰かいないのか!
と部屋に向かって叫びました。
すぐに扉が開き、
サーナットが飛び込んで来ました。
しかし、彼が入って来た時、
すでにメラディムは消えていました。
浴槽は水で満たされ、
濃いバラの香りが
漂っているだけでした。
大丈夫かとサーナットが尋ねると、
皇女ラティルは
びしょ濡れの髪の毛を指差しながら
いいえ!
と否定しました。
サーナットは、
また、あの人魚がやって来たのかと
尋ねると、ラティルは
人魚ではなくて血人魚。
人魚ではなくて怪物だと
抗議しました。
サーナットは、
また、あの怪物がやって来たのかと
言い直しました。
皇女ラティルは、
彼が浴槽に入っていたと答えると
息を切らしながら、
浴室の近くに立っている
警備兵を睨みつけました。
そして、あの図体のでかい人魚が
ここに現れる間、
誰も気づかなかったのかと
非難しました。
警備兵たちは急いで膝を曲げて、
部屋の中を出入りしたのは
侍女たちと乳母だけで、
誰もいなかったと謝りました。
後ろに立っていた侍女たちは
その言葉に驚き、
自分たちは応接室にいただけで、
誰も寝室に入らなかった。
人魚は応接室にも来ていない。
本当だと否定しました。
皇女ラティルは警備兵と侍女たちを
ざっと見回しました。
彼らは皆、とても
悔しそうな顔をしていました。
怪物だから、
何か特別な移動方法があるのだろうか。
皇女ラティルは手を振り回して
入って来た人たちを全員、
退かせました。
サーナットだけが出て行かずに、
念のため、浴室の中にも人を置こうか。
人魚なので、
もしかしたら、水を通して
移動しているのかもしれないと言うと
皇女ラティルは、
人魚ではなくて、血人魚。
人魚ではなく怪物だと抗議しました。
しかし、サーナットは、
皇女もずっと人魚と呼んでいたと
反論しました。
皇女ラティルは、
サーナットに文句を
言おうとしているようでしたが、
すぐに髪の毛から水気を絞りながら
浴室にも人を置くように。
あの人魚が現れたら
すぐに頭を殴れと言えと
指示しました。
◇反芻するから◇
自分がバスルームを使う時以外、
交代で守れと警備兵に指示した
皇女ラティルは、その後、
さらに怒りを募らせました。
自分だけのプライベートな空間に
人を入れることになったので、
腸が煮えくり返りました。
これは全て、
あの詐欺を働いた魚のせいだと
皇女ラティルは歯ぎしりしながら
考えました。
翌日、皇女ラティルは
もしかして、
人魚が隠れているかもしれないので
湖や水路をくまなく調べて
確認してほしいと皇帝に頼みました。
皇帝は、
潜水できる所までは
人を送って調査しましたが、
いくら皇帝でも
湖と水路を調べることは
できませんでした。
だからといって、
彼らは人間ではないので、
宮殿と皇女の浴室に
勝手に侵入したことで
処罰もできませんでした。
皇帝は、
そんな者たちとは
絡まない方がいい。
あの人魚・・・ではなく
血人魚たちは、
タリウム帝国の者でもないのに
自分の話を聞くだろうかと言って
皇女ラティルを慰めました。
皇女ラティルも、
渋々、頷きました。
しかし、その夜、
皇女ラティルがお風呂に入るために
浴室を守っていた警備兵を外に出し
扉を閉めて振り向くと、再び浴槽に
メラディムが入っていました。
皇女ラティルは
悲鳴を上げようとして息を呑むと、
鋭い目で
メラディムが入っている
浴槽を見つめながら、
数秒前は、ここに水一滴も
付いていなかったのに、
どうして今は、
水がいっぱい入っていて
中に魚までいるのかと尋ねました。
メラディムは、
人間の皇女は話す度に
相手の気持ちを汚す
話し方をすると非難しました。
皇女ラティルは、
なぜ、この魚はまた、
ここにいるのかと尋ねました。
メラディムは、
人間皇女には、
本当に気に入るところが一つもない。
自分はギルゴールが人間皇女を
気に入ったから
追いかけていると思ったのに、
もしかして、ギルゴールにも
そんなことを言って
敵になったのではないかと尋ねました。
しかし、皇女ラティルは
ギルゴールとは誰かと尋ねました。
メラディムは、
彼女の質問に眉を顰めました。
皇女ラティルは
同じ質問を繰り返しましたが
メラディムは答えず、
何かを考えるように
ずっと皇女ラティルを
見つめていました。
彼女はため息をつくと、
扉にもたれながら、
あなたが自分に詐欺を働いて、
人前で自分を振ったので、
自分はあなたを湖から追い出した。
それで、あなたは、復讐のために、
自分を人前で嘲笑った。
自分はその後、
あなたたちの所へ
再び聖騎士を送らなかった。
ずっとこうやって攻撃していても
終わらないからと
落ち着いて話しました。
本当は追い出した人魚たちが
どこに移ったのか分からなくて
復讐できなかっただけでしたが
皇女ラティルは、
この事実をまんまと隠しました。
そして、
公明正大な人が
侮辱されたかのように、
なぜ、自分を訪ねて来て、
こんなにイライラさせるのかと
尋ねました。
メラディムは、
自分も来ないつもりだったと
答えました。
皇女ラティルは、
もしかして、あの人魚は
自分と喧嘩しているうちに、
また自分に惚れたのではないかと
ギョッとしましたが、
なぜ、また来るのかと尋ねました。
メラディムは、
自分たち血人魚たちは
反芻というものをする。
その反芻をする度に
人間皇女の顔を思い出し、
その度に改めて腹が立ったので
何度も来るようになったと
答えました。
皇女ラティルは
扉のそばに積んでおいた洗面器を
再びメラディムに投げつけましたが
その間に、彼は消えていました。
◇人魚が再び◇
そのように、
何度もメラディムがあちこちに現れ
その度に、皇女ラティルと
互いに傷つけ合う言葉を
浴びせながら喧嘩をした数日後。
意外にも、人魚の王が
再び、皇女ラティルを
訪ねて来ました。
ラティルは、クラインが
集中豪雨を浴びせられた時の
気持ちが分かったと思うので
今度、彼が同じ目に遭った時は
少しは同情する気に
なるかもしれません。
偽の未来の中で、
自分を客観的に見たことで、
ラティルは、
自分の性格の悪い面を
知ることができたと思います。
これで、
少しでもラティルの性格が
良い方に変わればと思います。