418話 ラティルはクラインが純粋な魂であると確信しました。
◇恨み◇
ヒュアツィンテが送ってくれた
アイニの侍女たちと彼女の荷物が、
宮殿に到着しました。
それについては、
あらかじめヒュアツィンテが
伝書鳩で
知らせてくれてはいましたが、
彼女たちが挨拶をするのを見て、
ラティルは愉快になりました。
彼女たちは、
ラティルがカリセンにいた時、
彼女の陰口を言ったり、
スカートを破ったりと
ラティルを苦しめましたが、
すでに形勢は逆転していました。
彼女はニヤニヤしながら
侍女たちを見て、
ゆっくりして行くようにと
労いました、
しかし、ラティルは
彼女たちがタリウムでも
カリセンにいる時のように
振舞えるかどうか
今に見ていろと思いました。
◇ルイスがいない◇
ラティルは、
それなりに感情を隠していましたが
挨拶を終えた侍女たちは、
皇后が泊まる部屋に向かいながら、
鋭い口調で囁き合いました。
皇帝は、自分たちを
少し嫌がっている様子では
なかったか。
笑っていたけれど目つきが悪かった。
皇后と仲が悪いのか。
以前、タリウムの皇帝特使が
カリセンに来た時、自分たちは、
彼女がカリセン皇帝の愛人だと
思い込み、少し問題を起こしたことを
聞いているのではないか。
侍女の1人がその言葉を終えるや否や
他の侍女たちの表情が
同時に凍り付きました。
タリウム特使は、
真面目に仕事をしに来たのに、
そのように誤解されて
嫌がらせをされれば
気分が悪いと思いました。
怯えた侍女たちは、
アイニに会って挨拶を交わすや否や
ラティルがアイニをいじめたり
怖がらせたりしていないかと
尋ねました。
アイニは、
遠路はるばるやって来た侍女たちが
いきなり突拍子もない質問をしたので
戸惑いました。
アイニは、
急にどうしたのか。
何かあったのかと尋ねました。
侍女たちは、
互いに視線を交わしながら、
皇帝に挨拶をした時、
彼女の表情が良くなかった。
眉を顰めているわけではなく
笑ってはいたけれど、
「お前たちを見つけたぞ」というような
表情をしていた。
タリウムの特使がカリセンに来た時、
彼女が皇帝の愛人だと思い、
少し彼女に意地悪をしたけれど、
もしかしたら皇帝は、それを
知っているのではないかと
心配していました。
アイニは、彼女たちの言葉を
笑うべきか、
一緒に悩むべきなのか
分からなくなりました。
ラトラシル皇帝は、
そんなことを気にする人ではないので
心配しないようにと言うほど、
彼女の性格を、
よく知りませんでした。
最初はいい人だと思い、
後には悪い人だと思い、
今は、ラトラシル皇帝が
良い人なのか悪い人なのか
分かりにくく、もしかしたら
彼女は良い人と悪い人の
両方かもしれないと思いました。
ただ確かなのは、
ラトラシル皇帝が
信頼できる人ということでした。
一番仲が悪かった時も
ラトラシルは、
あの高位神官が偽物だと
指摘しくれたし、
自分が残したイヤリングを見つけて
自分の行方を探してくれました。
ここに来てからも、
互いに顔を合わせる機会は
少ないけれど、
自分が生活するのに不自由がないよう
裏で指示してくれていました。
アイニは、
侍女たちがいじめた以上に
いじめられることはないだろうと
慰めると、
彼女たちは悲鳴を上げました。
アイニは、
侍女たちを見つめ、
にっこり笑いながら、
一番特使をいじめたルイスが
来なくてよかったと呟きましたが、
考えてみれば、
アイニが負担に思うほど
いつも側に付いていた
ルイスが来ていないのは不思議でした。
そして、ルイスの話が出てくると
侍女たちの表情が
同時にぎこちなくなり、
互いに顔色を窺ったので、
アイニは、
何かあったのかと尋ねました。
侍女たちはアイニに
あまり驚かないようにと前置きをして
慎重に話し始めました。
◇アイニの頼み◇
仕事をしていたラティルは、
コーヒーを飲みながら
休憩をしていると、
哲学的な気分になりました。
普通、純粋と言えば、
ザイシンやゲスターではないか、
ゲスターは、黒魔術を習ったせいで
例外になったのか。
純粋な魂の基準は何なのか。
ロードが悪で対抗者が善という
基準は何なのか。
いったい誰が始めたのかと
考えるや否や、ラティルは
初代の騎士がギルゴールであることを
思い出しました。
純粋な魂は、
百花の時に初めて現れた概念だとしても
ロードが悪で、
対抗者が善になったきっかけは
ギルゴールが知っているのではないかと
ラティルは考えました。
彼女は
ギルゴールに聞きに行こうと思い
立ち上がろうとした時、
アイニが来たことを
侍従長が告げました。
ラティルは
アイニが暗い表情をしているので、
人払いをしました。
アイニは、
しょんぼりと座っていましたが
ラティルと2人だけになると、
彼女が自分だけでなく
侍女たちまで受け入れてくれたことに
お礼を言いました。
わざわざ人払いまでしたのに、
そんな話をしに来たのかと
思ったラティルは、
未知の敵を
相手にするかもしれないので、
力を合わせないといけないと
遠回しに返事をしました。
その後もアイニは、
暗い表情とは違い、
大したことではなさそうな
ことばかり話しました。
結局、ラティルは、
アイニの表情が良くないのは
ヘウン皇子を
心配しているせいなのかと
先に聞いてしまいました。
実はラティルも、ヘウンについて
ゲスターに聞いてみようと
思いながら忘れていました。
しかし、アイニは
そのことのために
訪ねてきたわけではないと
答えました。
それならば、
どうしてあんなに暗い顔をしたままで
話をしないのか。
怪しいと思ったラティルは
首を傾げていると、
やっぱり話せない。
とアイニの本音が聞こえて来ました。
ラティルの予想通り、
アイニには、話しにくい
悩みがあるようでした。
ラティルは、 もう一度
アイニの表情が良くないと
言おうとしたところ、
他の侍女たちならともかく、
先頭に立って
サディを苦しめたルイスが
怪物になったから助けてくれと
言うのはどうなのか。
とアイニの心の声が
聞こえて来ました。
自分のスカートを破った
あの侍女が怪物になったのか。
そういえば、
侍女一人が黒魔術にやられたと、
ヒュアツィンテが
伝書鳩で送って来た手紙に
書かれていたことを
ラティルは思い出しました。
でもルイスも私の侍女だから
身勝手だと非難されても、
話さなければならないのではないか。
でも、今も
たくさん助けてもらっているのに
こんなことをお願いしても
いいのだろうか。
アイニの本音を聞いたラティルは
彼女が言い出せずにいる
理由を理解して頷きました。
そして、頼んでも構わないのにと
思いながら、
心の中で舌打ちをし、
コーヒーを一口飲みました。
ラティルは、
そう考えているだけでなく
実際に大きな善意なしに
ルイスを助ける方法を
見つけることができると思いました。
自分が優しいからではなく、
ルイスのことを
腹立たしく思っていても、
彼女が死んでしまえばいいとか
復讐できて
嬉しいと思うほどではないと
思ったからでした。
もしも、ルイスが送って来たのが
不味いお菓子ではなく
毒入りのお菓子で、
ルイスがスカートを破ったのではなく
肌を裂いていたら
助けたくなかったでしょうけれど。
しかし、ラティルが先に
ルイスの話を
持ち出すことはできないので、
ラティルはアイニが考えを
整理するのを待ちながら
コーヒーを飲みました。
アイニは、
飲まなかった彼女のコーヒーが
冷めた後に、ようやく、
自分の侍女の1人が
黒魔術にやられて
怪物に変わってしまったと
話しました。
アイニが何を質問するのか
知っていたラティルは、
すぐに治療可能か聞いてみると
言ったので、
アイニは目を丸くしました。
慌てたアイニは、一歩遅れて、
助けて欲しい侍女のことを
話そうとしましたが、
ラティルは、
彼女は、自分の特使を苦しめた。
彼女が誰なのか知っていて、
こんなことを言うのではなく、
アイニの侍女たちが全員、
そうだったから。
後で大丈夫になったら、
彼女たちを呼んで
叱らなければならない。
とりあえず助ける方法は
探すけれども、
直せない確率の方が高いので、
あまり大きな期待はしないで欲しいと
話しました。
そして、アイニに
時間を取られすぎたと
思ったラティルは
話す速度を少し速め、アイニに
最近訓練で大変そうだから
帰って休んだらどうかと
遠回しに言って、
送り返そうとしました。
しかし、アイニは
ひどく驚いた様子で
ラティルを見つめていました。
ラティルは、
どうしたのかと尋ねると、
アイニは急いで首を横に振り、
よろめきながら立ち上がりました。
アイニがあまりにも驚いているので、
ラティルは変だと思いました。
一体、アイニは自分のことを、
どれだけ暴悪な人だと
思っていたのかと思いました。
◇ドミスの推測◇
一体、あのハーレムは
何を集めている所なのか。
焦ったアニャドミスは後ろ手を組み、
自分の棺の周りを
行ったり来たりしながら
唇を噛み締めました。
一人一人は
自分より弱い者たちなのに、
そんな者たちが一丸となって
手を出して来るのが煩わしくて
腹が立ちました。
ハーレムと言っているけれど、
本当は、特殊兵力を
集めた所ではないのか。
そうだとしたら、
なぜ特殊兵力を集めたのか。
ロードの力が通じない男と
ロードの姿を見抜く男を
あえてそこに置いた理由は何なのか。
対抗者は、あのカリセンの皇后なので
対抗者のためではないと
考えていたアニャドミスは
ふと足を止めました。
もしかしたら、彼らだけで
ロードを相手にするために
作った場所なのか。
人々も500年周期で、
ロードと対抗者の争いが
繰り返されることを知っている。
それを止めようとしたけれど、
ドミスと自分は結局防げなかった。
だから、ロードが現れる前に
あらかじめ備えて
人間が力を合わせて
作った所なのだろうか。
アニャドミスは十分可能だと思い、
棺桶の上に座ると、
眉間にしわを寄せました。
しかし、すぐに彼女は、
もしかしたら、あの中に
ドミスの転生がいるかもしれないと
考えました。
現時点でアニャドミスは
ハーレムにいる変なものは
ザイシンとクラインしか
知りませんが、
これでギルゴールもハーレムも
いることを知ったら
どう思うのでしょうか。
ハーレムには
ロードや吸血鬼や黒魔術師に
血人魚たち。
姿を現していないけれど
湖の底には、怪物たちもいる。
一方、彼らの敵である
大神官や聖騎士たちもいる。
アニャドミスの指摘通り、
ハーレムは変なものの
寄り集まりのように見えますが、
もしかしたら、ハーレムは
ドミスが望んでいた、
どのような種族でも
平和に暮らせる世界の
縮図なのかもしれません。