24話 毎週火曜日、エルナは、窓際の席からデパートが見えるティールームに来ています。
エルナはイライラしながら
期待感が滲み出た目で
窓の外を見ました。
馬車五台が通るほどの時間が経つと
興奮してピョンピョンするリサが
姿を現しました。
大きく手を振るリサに
エルナも手を振り返しました。
彼女が喜んでいるのを見ると、
今回の納品も順調なようでした。
息を切らして、ティールームに
駆け込んで来たリサは
感激に満ちた顔で
お金の入った袋を差し出しました。
そして、
お嬢様は本当にすごい。
腕もいいし、手も速いと、
ペントさんが、
とても褒めていたと告げると、
エルナは、
リサが助けてくれたおかげだと言って
恥ずかしそうに笑い、
リサの分のお金を渡しました。
断っても無駄であることを
知っているリサは、
お金を受け取って、
お礼を言いました。
エルナは、リサのカップに
お茶を注ぎました。
そして、茶碗を渡すと共に
心からのお礼を言うと
リサの目頭が赤くなりました。
初めて造花を売るのを
手伝ってほしいと頼まれた時、
リサは、エルナの頭が、本当に
どうなってしまったのだろうと
思いました。
貴族の家の令嬢が
そんなことでお金を儲けるなんて
奇怪極まりないことだからでした。
しかし、田舎にいる祖母に送るお金を
稼ぎたいと言われると、
エルナの頼みを断れませんでした。
リサも月給の半分を、故郷の家族に
送っていたからでした。
初め、リサは、
材料を買って納品する仕事を
手伝う程度でしたが、
エルナに教わったおかげで、
今では簡単な花なら、
作れるようになりました。
そんなに役に立っていないのに
エルナは、いつも
リサの分の賃金を渡しました。
短いティータイムを終えた二人は
外へ出て、
あれこれ話を交わしながら
笑って騒いでいるうちに、
いつの間にかハルディ家が
近づいて来ました。
今週はもっとたくさん作ろうという
リサの野心に、
エルナは笑顔で答えました。
その時、困った顔をした
メイドの一人が
走るようにして二人に近づくと
ご主人様が、
急いでお嬢様を探している。
今すぐ書斎に来いと言っていると
伝えると、泣きべそをかきました。
当惑した表情で、
互いに見つめ合ったエルナとリサは
急いで邸宅の玄関に入りました。
朝とは全く違い、家の中は
非常に深刻で暗い雰囲気でした。
海外借り入れに関する
法律的な検討が終わると、
皆の視線は、当たり前のように
ビョルンに向かいました。
報告を終えた銀行の弁護士は、
決定は殿下の判断に委ねると
告げました。
ビョルンは、そう言われると、
自分が全能の神にでも
なったような気分で
悪くはないと言いました。
久しぶりにこの宮殿で、
格式張って客を迎えている
彼の姿のどこからも、
全レチェンの非難を受けている
放蕩息子の痕跡を
見つけることはできませんでした。
しかし、
それよりもっと驚くべきことは、
酒に酔って、社交クラブの書斎に
彼らを呼び出した時も、
王子の判断力には、
一様に鋭い刃が立っていたという
事実でした。
王子は、わずか18歳の時、
祖父の先王から譲り受けた
債券を売って投資金を用意し、
自分なりに分析した情報をもとに
本格的な投資を始めました。
その最初の投資金が、
今、何倍に増えたのか、
弁護士には、
見当もつきませんでした。
しかし、もし、ビョルンが
予定通り王冠を受け継いだとすれば、
富国一つくらいは、
まともに成し遂げた君主になったのは
確かでした。
それ以外の処世は断言できないけれど。
予定通り進めようと、
ビョルンが明るい返事をして
微笑んだ時、
書斎の扉を力いっぱい叩く音が
鳴り響きました。
突然やって来たのは、
固い顔をした王妃でした。
ビョルンは客を退けた後、
母親を迎えました。
彼女がこのように
大公邸を訪れるのは
非常に珍しいことでした。
茶は結構だと言って、王妃は、
待機中の使用人たちを退け
息子と二人きりになると、
彼女の顔色は一層暗くなりました。
そして、彼女は
深いため息をつきながら
持ってきた新聞を下ろし、
それについての説明を求めました。
今日発行されたタブロイド紙には、
ハーバー家のパーティーに参加した
ある匿名情報提供者の証言として、
その夜、秘密の場所で、
ビョルン王子が、
美しいの貴族の令嬢と会っていたこと。
しかし、酒を飲み過ぎた王子が
その淑女に恥ずべき行いをし
ちょうど近くを通りかかった目撃者が
彼を引き止める過程で
乱闘劇が起きたこと。
しかし、その日の夜、
王子と一緒にいた子爵家の令嬢は
以前から王子を誘惑しようと
努めてきた貞淑でない令嬢なので
一部では、それが、一方的な
恥ずべき行いであるはずがないという
推測も慎重に提起されていることが
書かれていました。
そして、実際、その令嬢は、
王子以外の多くの紳士とも
浮名を流しているところで、
グレディス王女とビョルン王子が
よりを戻す上での最大の障害物が
まさに、その令嬢だという噂も
広まっていることが確認された。
王室の毒キノコ、ビョルン王子が
再び恥ずべき行いをしたのか。
それとも大公妃の座を狙う
妖婦の計略に巻き込まれたのか。
いずれにせよ、今回も
国民にとって大きな失望を
与えるようなことをしたのは明らかで
本紙の取材結果によれば、
大多数のレチェン人は、
ビョルン王子が、一日も早く
グレディス王女に謝罪し、
よりを戻して、
模範的な王族の姿を見せ、
幸せに暮らすことを望んでいる。
この願いが
シュベリン宮殿の塀の向こうまで
届くことを切に祈ると
書かれていました。
ビョルンは失笑して
新聞を下ろしました。
刺激的な記事を書く能力だけは
確実に王国最高なので、
販売部数は相当上がるだろう。
ふと、
この新聞社を買収したいという
かなり真剣な熱望が
湧き出そうになりました。
ビョルンは、
心配そうな顔をしている
母親を見つめながら、
宮殿の塀を、もう少し
高くしなければならないと言うと
大したことではないように
軽く笑いました。
王妃は、
まさか言うことはそれだけなのかと
問い詰めると、ビョルンは
少し後悔している。
ハインツの頭より
口を狙うべきだったと
返事をしました。
王妃は、
そのように軽く
片付けてしまうことではないと
叱りましたが、ビョルンは、
今に始まったことではないので
特別に深刻になる理由もないと
返事をしました。
しかし、王妃は、
今回はグレディスとハルディさんが
関与している。
グレディスと、よりを戻すことなどは
起きないとしても、
このような世論が形成されることを
とても心配していると言いました。
ビョルンは、
前王太子を非難する世論が高いほど、
レオニードの正当性が
強固になるので、
あまり心配しないようにと
言いました。
しかし、王妃は、
今、自分は、レオニードではなく
愛する長男の人生の
心配をしていると言いました。
いつも落ち着いている彼女の目に
涙が浮かんでいました。
王妃は、
自分たちが望んでいるのは、
ビョルンを捨てて、
王権を固めることではない。
すでにそのために、
ビョルンは十分な犠牲を払った。
自分はビョルンに
幸せになって欲しいと言いました。
ビョルンは、
今も十分幸せだと返事をしました。
嘘や偽りのなり
誠実な心から出た答えでした。
しかし王妃は
依然として安心できない顔で
繰り返しため息をつくと、
ハルディ家の令嬢と
真剣に付き合っているのなら、
正直に言うように。
父親と一度話し合ってみると
言いましたが、ビョルンは
「まさか」と苦笑いしながら
返事をしました。
あの場にいた女性が誰であれ、
同じ選択をしたはずだし、
このような大々的なスキャンダルに
巻き込まれたため、多少、
頭を悩ませることになりましたが
これも時間が経てば、うやむやになる
一過性のデマに過ぎませんでした。
王妃は、
そうでなければ、このことで
ハルディさんが被る被害は
どうするつもりなのかと
尋ねました。
ビョルンは「そうですね」と
返事をすると、窓の外を見ました。
雲一つない空に、
ニッコリ笑っていた、あの女性の顔と
灰だらけになった鈴蘭が、
一瞬、浮かんで消えました。
しかしビョルンは、ニッコリ笑うと
自分には関係ないと答えました。
これもまた、最も誠実な心から出た
答えでした。
エルナが書斎の扉を開けると
ソファーに並んで座っていた
ハルディ子爵夫婦は、
ひどく怒った顔をしていました。
エルナは、
「お呼びですか・・・」と
声をかけましたが、
立ち上がったハルディ子爵に
「この下品な奴!」と
雷のような怒鳴り声を上げられ
言葉を遮ぎられました。
ハルディ子爵は、
ハーバー家のパーティーから
早々に帰るために、
エルナが純真な顔で、
体の具合が悪いと言って
自分たちを騙したことを怒りました。
そして、手に持った新聞を振りながら
本当に大公と一緒にいたのか
正直に言えと、
エルナに詰め寄りました。
「その夜、大公が繰り広げた
乱闘劇の真実は?」という
タブロイド紙の見出しを見た
エルナの顔色が青白くなりました。
呆れたように、
その姿を眺めていた子爵は、
空笑いを爆発させました。
エルナは、何とか釈明しようと
口を開いた瞬間、
ハルディ子爵の手が
エルナの顔に飛んで来ました。
もう一発、もう一発と
次第に怒りを募らせていく手に
耐え切れなくなったエルナは、
バランスを崩して
カーペットの上に倒れました。
そんなエルナの前に。
ハルディ子爵は
くしゃくしゃになった新聞を
投げ捨てました。
破れた唇から流れた血の滴が
王子の写真が載せられた記事の上に
落ちました。
マンガにはなかった
エルナの顔と灰だらけの鈴蘭を
一瞬、思い浮かべるシーン。
これがないと、
ビョルンが冷たい人にしか
見えないのですが、
この記載があることで、ビョルンが
灰皿に鈴蘭の造花を捨てたことを
少し後悔しているのではないかと
期待できました。
金の亡者と化したハルディ子爵。
怒りに任せて、
娘に何度も平手打ちをくわせるなんて
あまりにも酷い。
エルナが訪ねて来なければ
捨てた娘の存在なんて
忘れていたくらいなので、
エルナに対する愛情なんて
微塵も残っていないのでしょうね。
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年末年始のお忙しい中、
お時間を割いて、
コメントしていただいた皆様に
感謝の気持ちでいっぱいです。
明日で、私の休みは終わりですが
更新できるよう頑張ります。