
76話 ローラとダルトン氏と子供たちは水切りをしに湖へやって来ました。
湖畔に着くと、彼らはそれぞれ、
水切りをするのに適した石を
選びました。
少年たちは水切りをし始め、
じっと見ていたダルトン氏は
彼らに近づき、
姿勢と角度について教えてやりました。
とても真剣な雰囲気の中で、
少年たちは叔父の教えに
おとなしく従いました。
ローラは、ダニエルとジョージの様子を
注意深く見つめました。
彼らは素直に、
叔父の言葉に従いました。
最初は厳しい叔父を怖がっているのだと
思いましたが、じっと見ていると
そうではありませんでした。
彼らは時々、
叔父をじっと見つめました。
顔色を窺うようにチラチラ見ました。
恐怖と焦りに駆られるように、
叔父の教えに従いました。
しかし、時々叔父が見せる
小さな承認や励ましに触れると、
その瞳は、ぱっと光が差したように
輝きました。
ローラは、
彼らの目を注意深く見つめました。
叔父を見つめる少年たちの瞳の中には
自分たちよりずっと大きくて賢くて
強い大人の男性に対する
憧れがありました。
彼らは叔父に教わった通り、
水面に石を投げ始めました。
石はピチャン、ピチャンと
水面の上を跳ねました。
彼らは興奮して
石を投げるのに夢中になりました。
ダルトン氏は後ろへ下がって
ローラのそばに来ました。
2人はじっと立って
せっせと川に向かって石を投げる
少年たちの後ろ姿と、
石が水面とぶつかり、
静かに広がって行く波紋を
見つめました。
ダルトン氏は、
自分が初めて水切りをした場所が
ここだと伝えることで、
先に沈黙を破りました。
ローラが
「この湖でですか?」と聞き返すと、
ダルトン氏は、
8歳の時だったか、
ウィリアムと一緒にと答えました。
ローラは、
今のダニエルとジョージよりも
幼いですね。
その時、ダルトン氏が
あの子たちに教えているように、
教えてくれる人がいたのかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
義兄がその役目を引き受けてくれた。
今のように、あの時も
狩りに夢中な人だったけれど、
自分が訪ねて来ると
結構、気を遣ってくれた。
彼なりの義弟へのもてなしだったと
答えました。
ローラは、
ダルトン氏がダンビルパークへ来ると、
子供時代に
戻った気分になるのではないかと
尋ねました。
ダルトン氏は、それを認め
少年時代の思い出は、
ホワイトフィールドより、
むしろダンビルパークに多いと
答えました。
2人は黙って、
水切りをしている2人の子供を見ながら
立っていました。
ローラは、
小さなイアン・ダルトンの姿を
想像してみました。
自分のそばに立っている、
頭一つ分ほど背が高くて
肩幅の広い成人男性を意識すると、
なかなか想像ができませんでした。
彼女は目の前にいる、
2人の少年の姿の上に、
少しずつ輪郭を描いてみました。
ジョージほどの体格に、
真っ黒な髪と瞳。
今よりもっと透き通っている
象牙色の肌。
目鼻立ちの整った愛らしい顔。
ちょっとしたことでは笑わない
おとなしい少年。
しかし、友人でもあり姻戚でもある
子供のウィリアムと川に石を投げた時は
まさしく、8歳の子供だったのだろう。
可愛かったでしょうね。
彼女は自分でも気づかないうちに
そのように考え、その考えが
口から飛び出すのではないかと思って
唇に力を入れました。
しかし、言葉は出なくても、
自然に浮かぶ微笑は
どうすることもできませんでした。
可愛かっただろう。
本当に可愛かったと思う。
今も、こんなに繊細な顔立ちの
持ち主だから、幼い頃の彼は
本当に美しい少年だったのだろう。
それに頬は、
まだ赤子のような幼さが残っていて
ふっくらしていたはずでした。
ダルトン氏は、
なぜ、そんなに笑っているのかと
尋ねると、
不思議そうな表情で彼女を見ました。
ローラは、
2人の小さな紳士が、
あの子たちのように水切りをする姿を
想像してしまったから。
フェアファクス氏ともダルトン氏とも
大人になってから出会ったので、
ただ、尊敬される紳士にしか
見えなかったけれど、
あんな時代があったかもしれないと
思うと、何というか・・・
と答えました。
ダルトン氏は
「何と言うか?」と聞き返しました。
ローラは、
くすぐったい感じがすると答えました。
ダルトン氏は、
くすぐったい感じって、
妙な表現だと指摘しました。
ローラは、
ただの気分なので
深く考えないで欲しいと頼みました。
ダルトン氏は、
分かる気がする。自分もたまに、
ペンドルトン嬢を見ながら、
あなたの子供時代を想像したりすると
言いました。
ローラは、
「自分の子供時代を?」と
聞き返しました。
ダルトン氏は「はい」と答えました。
ローラは、
ダルトン氏が想像する
自分の幼い頃はどんな姿なのかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
両肩に三つ編みを垂らし、
お菓子の屑一つ服にこぼさない、
きっちりとした、
おしゃまな女の子だったのだろう。
友達が、一緒に森に行って遊ぼうと
言っても、部屋で本を読む方が好きな
静かな勉強虫で、
小さな動物は好きだけれど、
馬のような大きな動物は怖がる
内向的な少女。
自分の想像は当たっているかと
尋ねました。
ローラは
1つだけと答えました。
ダルトン氏は、がっかりしたように
息を吐きました。
ダルトン氏は、
たった1つだなんて、
自分が当てたのは何かと尋ねました。
ローラは、
馬を怖がること。馬は今でも怖いので
それで乗馬は習わなかったと
答えました。
ダルトン氏は、
それでは、他のものは、
全て間違っていたのかと尋ねました。
ローラは、
お菓子を食べると、スカートが
いつも滅茶苦茶になったので
おやつの時間の後は、
いつもスカートの裾を持ち上げて
窓際へ行って、
お菓子の屑を払っていた。
おやつを食べる時間になると、
鳥たちが、自分の部屋の窓際の近くに
集まっていた。
そして、本が大好きだったけれど
外で遊ぶ機会を逃すほどではなかった。
自分は外で走り回って遊ぶのが
大好きだった。
女学校時代に遠足へ行くと、
外に出てボートを漕いだり
クリケットをしたりしたと答えました。
ダルトン氏は、
クリケットまでしたのかと
尋ねました。
ローラは、
「信じられないでしょう?」と
聞き返しました。
ダルトン氏は、
正直に言うと、
全く想像がつかないと答えました。
ローラは、
しかし、事実だ。
機会が多くなかっただけだと
答えました。
ダルトン氏は、
それでは、小動物は?
動物は好きではなかったのかと
尋ねました。
ローラは、
嫌いではなかった。
たまに野良猫に餌をあげたり、
鶏小屋のひよこを観察したりした。
しかし、自分は、
生きている動物よりは
食卓の上に上がった家畜が
もっと好きだったと答えました。
ダルトン氏が笑うと、
ローラも一緒に笑いました。
ダルトン氏は、
自分はペンドルトン嬢に対して
先入観を持っていた。
今、これほど完璧な淑女なので、
子供の頃もきっと
今と似たような姿だろうと
思っていたと話しました。
ローラは、
自分もダルトン氏の子供時代について
今の姿をもとに想像したと
打ち明けました。
ダルトン氏は、
どのように想像したのかと尋ねました。
ローラは「聞きたいですか?」と
尋ねました。
ダルトン氏は頷きました。
ローラはしばらく考えてから、
想像していたことを
そのまま話しました。
ダルトン氏は、
彼女の話を全て聞き終えると
すぐに優しく微笑みました。
彼は、
ペンドルトン嬢は推理力に優れている。
1つを除いて全て正解だと告げました。
ローラは
本当に?自分の誤答はどれかと
尋ねました。
ダルトン氏は、
そこまで可愛くはなかったと
答えました。
ローラはクスッと笑いました。
彼女は、
それは嘘ではないか。子供の頃、
可愛い姿だったと認めるのが
恥ずかしいのではないかと
尋ねました。
しかし、ダルトン氏はそれを否定し
本当に可愛くなかったと答えました。
ローラは信じられないというように
ダルトン氏をチラッと見ました。
ダルトン氏は、
どうしても信じられないなら、
ホワイトフィールドに来るように。
幼い頃に撮った写真があるので、
それを見れば、
自分の言葉が嘘かどうかが
分かるだろうと言いました。
ローラは、ダルトン氏が、
本当に珍しいやり方で招待すると
指摘しました。
ダルトン氏は、
こうでもしないと
招待しにくい人だからと答えました。
ローラは、
ダルトン氏が、
自分のことを見抜いていると
指摘しました。
2人は再び沈黙に包まれました。
他の人と一緒にいるのなら、
気まずくなるはずなのに、
ローラは彼と共有する沈黙が
全く不快ではありませんでした。
実は、彼女は、
自分の近くにいるダルトン氏から
とても安らかな感覚を覚えていました。
不思議なくらい、
彼と一緒に立っていることに
心が落ち着いていました。
やはり、
いくら気楽な生活だったとしても、
見知らぬ人の間に混じって、
疲れていたのだろうか。
以前から知っていた
ダルトン氏がそばにいるだけで、
こんなに
落ち着いた気分になるのだから。
いえ、そうではなくて、もしかして。
ローラは隣にいるイアンを
チラッと見上げました。
湖を見つめている
イアンの美しい横顔を見ると、
ローラは、
頭頂部にお湯を注がれたように
体が柔らかくほぐれ、
徐々に熱が上がりました。
心地よくて甘い感情。
ダンビルパークにいる間
ずっと感じられなかった感覚でした。

遠くの空が、
次第に赤く染まり始めました。
2人は子供たちに、もう帰ろうと言い
少年たちは素直に石を置いて
2人に従いました。
彼らは庭を通って邸宅に戻りました。
ローラと2人の少年は、
夕食の前に汚れた体を洗い、
着替えのために
それぞれの部屋に戻りました。
その間1人残されたイアンは、
慣れたようにホールを通り抜け
ダンビルパークホールの
ガラス窓の前へと歩いて行きました。
窓の向こうの遠くで
甘いオレンジ色を帯びながら
沈みゆく太陽と共に、
ダンビルパークに
夕暮れが押し寄せて来ました。
イアンは夕日を眺めながら、
見知らぬ感情に包まれました。
20年以上の間、
自分の家のように出入りしていた
ダンビルパークで、
こんな気持ちを感じるなんて。
窓枠の模様1つ、窓の外の風景1つが全て
見慣れた場所なのに、
変わったことは何もないのに、
変なことでした。
いや、変わったことが1つありました。
ここへ新しく来た1人の人物。
彼は、ついさっき階段を上った
彼女を思い出しました。
今頃、ダンビルパークの
数多くの部屋の1つを見つけて
中に入っているだろう。
そして、カバンから取り出した物が
あちこちで主人を迎えている部屋の中で
夕食のために身なりを整えているはず。
髪を解いて、使用人に
お風呂のお湯を用意させながら。
イアンは拳をギュッと握りました。
心臓が激しく鼓動し、
全身が喜びで暴れていました。
自分が生まれ育った土地で、
それも、自分の土地と近くの
ここに彼女が住んでいるなんて、
彼は今日、両目で
自分の甥っ子たちと森を歩いている
彼女を見たにもかかわらず、彼女が
自分が幼年期を過ごした
ここに住んでいることが
信じられませんでした。
「弟よ、元気?」
イアンは聞き慣れた声に
恍惚とした気分から抜け出して
振り向きました。そして、
「こんばんは、お姉さん」と
淡々と返事をしました。
真夏であるにもかかわらず、
厚いショールを羽織った
フェアファクス夫人が、弟に向かって
ニコニコ笑っていました。
彼女は、
どうしてそんなに格好つけて
立っているのか。
もしかして、自分の愛する女性が、
自分が幼年期を過ごした邸宅で
暮らしているなんて
最高に幸せだとでも
考えているのではないでしょうねと
尋ねました。
イアンは、
自分がそんなに幼稚な人だと思うのかと
平然とごまかしました。
しかし、
イアンが産着を着ている時から
世話をしてきた
フェアファクス夫人の目を
欺くことはできませんでした。
彼女はクスクス笑いながら、
弟を連れて居間に向かいました。
暖炉の火が燃え盛る火の前に座った
フェアファクス夫人は、
どうして、こんなに遅く来たのか。
きっと毎日のように、
ダンビルパークに出勤して来ると
思っていたのにと尋ねました。
イアンは、
彼女が来るや否や、すぐに
ダンビルパークに出入りすれば
疑われるからと答えました。
フェアファクス夫人は、
確かに、頭のいい人なので、
気づくかもしれないと答えました。
イアンは、
ペンドルトン嬢は、
どのように過ごしていたかと、
数日間、気になって狂いそうだった
質問を口にしました。
フェアファクス夫人は、
ローラが毎日森へ行って
ジョージとダニエルと
遊び回っていること。
子供のイアンに会ったこと。
オリビアのフランス語の授業を
担当したことまで、
ここ数日間のことを教えました。
フェアファクス夫人は、
最初はとても心配した。
柳の枝のように、か細いお嬢さんが
毎日のように過激な男たちと
走り回って転て回っていると、
そのうち、
倒れてしまうのではないかと
思っていた。
でも意外にも、
とても上手にこなしていた。
この前、ダニエルから聞いたけれど
あなたとウィリアム坊ちゃんが幼い頃
毎日のように登っていた
樹齢100年以上の、あのエルムの木に
先生が登って
頂上を叩いて来たそうだ。
あなたに、それが想像できるかと
尋ねました。

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私もローラが木に登るなんて
想像できませんでした(笑)
やはりイアンは、
ローラのことが気になって
居ても立っても
いられなかったのですね。
よくぞ、ここまで我慢しました。
ようやくローラと一緒に
過ごすことができて
天にも昇る気持ちだと思います。