110話 侍女たちに血の匂いがすると訴えるラティルでしたが・・・
◇治療を受けない理由◇
侍女たちは、首を軽く横に振って
何の匂いもしないと言いました。
ラティルは、応接間のあちこちを
鼻をくんくんさせながら
歩きました。
彼女には、こんなにはっきり
血の匂いがしているのに、
この匂いを嗅ぐことができないなんて。
けれども、侍女たちは、
きまりの悪い顔で
互いを見つめるだけでした。
わざと、知らないふりを
しているようではないので、
問いただすこともできず、
ラティルは、もどかしくなりました。
今度は、応接室の扉を開けて
パジャマ姿で廊下へ首を出すと
護衛たちは慌てて両脇に退き
挨拶をしました。
ラティルは彼らを交互に見ましたが
護衛たちも、
血の匂いなどしていないという
顔をしていました。
誰かが、ケガをしたようでも
ありませんでした。
ラティルが血の匂いがしないかと
尋ねても、
何の匂いもしないと
答えが返って来るばかりでした。
こんなに大勢の人がいる中で
血の匂いを嗅いでいるのが
ラティルだけなので、
彼女は当惑しましたが、
最後にサーナット卿を見ました。
苦労したから、
ゆっくり休んでくるようにと
言ったのに、
彼は大丈夫だと言って
わざわざここへ来ていました。
ラティルは、
あなたから血の匂いがしている?
という視線を送りました。
しかし、サーナット卿が
何も言わないうちに、
ラティルは、血の匂いが
サーナット卿から
漂っていることに気づき、
彼に、ケガをしていないかと
尋ねました。
サーナット卿は否定しましたが、
ラティルは、質問を繰り返すと
再びサーナット卿は
違うと答えました。
ラティルは、
そこから血の匂いがするので、
上着を少しめくるように
言いましたが、
サーナット卿はためらうばかりで
上着をめくることができませんでした。
ラティルは、サーナット卿に
付いてくるように言いました。
もしかして、周りに人がいるので
そのような態度を取るのかと
思ったからでした。
ラティルは、応接室に入り
侍女たちに
席を外すように命令しました。
彼女たちが廊下へ出ると、
ラティルはサーナット卿に
上着を脱ぐように言いました。
彼は、大丈夫だと言いましたが、
ラティルは、
自分の前で脱ぎたくなければ
他の騎士にやらせると言いました。
ラティルが断固としていたので
サーナット卿は
上着のボタンを外しました。
彼は上着を脱いで両腕を下げました。
やはり、ケガをしていました。
しかも軽いケガどころではなく
臍の上から胸まで
包帯をグルグル巻いた状態で、
胸の一部分からは
血が漏れていました。
ラティルは大神官を呼んで
治療をしてもらうと言って、
サーナット卿に服を着るように
指示しました。
そして、
テーブルの上の鐘を鳴らすために
歩いて行くと、
彼は、大丈夫だと言いました。
ラティルは、包帯を巻いている上に
血が滲み出ているので
大丈夫ではないと言いましたが、
サーナット卿は
再び大丈夫だと言いました。
しかし、ラティルが
鐘を鳴らそうとしたので、
彼は、自分の手で押さえてまで
拒否しました。
ラティルは当惑して
サーナット卿を見ました。
彼女は眉をしかめながら、
見栄を張らないように。
彼が最善の身体でいることが
自分の役に立つ。
大神官は痛くないように
治療してくれると
冗談半分に言いましたが、
サーナット卿は立ち上がって
首を横に振りました。
ここまでするとなると
ラティルは、
サーナット卿の傷の原因も
知りたくなり、
どうしてダメなのかと
彼を問い詰めました。
しかし、
サーナット卿は答えられず
口ごもるばかりでした。
ラティルは、彼に
大神官の治療を
受けられない理由があるのかと
尋ねましたが、サーナット卿は
そんなものはないと答えました。
ラティルは、
それなら治療を受ければいいと言って
鐘を鳴らしました。
待機していた侍女たちが
中へ入ってきましたが、
ラティルとサーナット卿の間に流れる
険悪な雰囲気に怖気づいて
様子を窺っていました。
彼は凍り付いた顔で目を伏せて
聞こえるか聞こえないか
分からないような声で
どうか。
と呟くと、ラティルは
侍女たちに下がるように
指示しました。
彼女たちが出て行った後も
ラティルとサーナット卿は
身動きしませんでした。
ラティルは瞬きさえせず
サーナット卿を見ました。
皮膚の下がむずむずしていました。
どうして、
大神官の治療を受けないの?
治療を受けてはいけない
理由でもあるの?
もしかして、
黒魔術の方に関係があるの?
ラティルに
恐ろしい考えが浮かびました。
聞きたいことはたくさんあるのに
逆に聞きたくありませんでした。
ラティルは扉を指差し
サーナット卿にも出て行くように
指示しました。
彼は慎み深く挨拶をして
出て行きましたが、
ラティルは、
しばらく、その場に立って
動こうとしませんでした。
15分程経ち、
ラティルは寝室へ行くと
ベッドにうつ伏せになりました。
心臓の鼓動が
いつもの2倍速くなりました。
ラティルは、
母親とレアンに続いて
サーナット卿まで裏切ったのかと
疑いましたが、
彼はレアンに反対して、
危険な目に合ったので
絶対に違う、そんなはずなないと
否定しました。
それでは、レアンの方ではなく
トゥーラの方なのか。
心臓がドカンと音を立てて
落ちました。
大神官を呼んで治療を受けさせれば
どちらでも、答えが出そうでしたが、
どうしても、
その勇気が出ませんでした。
◇対抗者◇
サーナット卿は宿舎へ帰って
明かりをつけると
暗闇に隠れていた人影が現れました。
1人用のソファーに
カルレインが足を組んで
座っていました。
サーナット卿は、
彼も見ても驚くことなく
いつ帰って来たのかと尋ねました。
カルレインは、
そろそろ帰るつもりだと答えました。
彼も、夜中に主人の許可なく
部屋の中へ
入って来た人らしからぬ態度で、
平然としていました。
そして、サーナット卿が上着を脱いで
ハンガーに掛けるのを見て、
血の匂いがすると呟きました。
サーナット卿は、
今度は否定する代わりに
素直に認めました。
カルレインは、
まだ回復していないなんて、
確かに、まだ弱いと言いました。
サーナット卿は、
ラティルも血の匂いを嗅いだと
話しました。
彼はハンガーに上着をかけても、
しばらく、その裾を弄っていましたが
手を離すとベッドの横へ
歩いて行きました。
その顔は複雑そうでした。
カルレインは、ラティルが
どんどん目覚めていくと言いました。
サーナット卿はそれを認めながらも
分からない。
このままでも大丈夫な気がする。
と言いました。
しかし、カルレインは、
もっと強くなる、それだけだ。
と言いました。
サーナット卿は、
より強くなれば、
より多くの敵が現れると心配すると
カルレインは、敵を分散させるために
偽者が役に立って欲しいと言いました。
サーナット卿は、言葉もなく
シャツのボタンを外していると
カルレインは椅子から立ち上がり
彼に近づくと「包帯」と言いました。
サーナット卿は、
ラティルの前にいた時とは違い、
包帯を解きました。
心臓の真正面にできた傷は
治療されている部分と
治療されていないが部分が
混在していて
とても奇怪な様子でした。
サーナット卿は、
ラティルが大神官を呼んで
治療させようとしたので断った。
自分を疑っているようだったと
話しました。
カルレインは、
だから、もう少し
隠れているようにと言ったと
話しました。
それに対してサーナット卿は
ラティルが心配するからと
答えましたが、カルレインは、
今は別の意味で心配していると
話しました。
サーナット卿が
力なく笑っている間に
カルレインは
自分の親指の中央を牙で噛むと
すぐに赤い血が流れました。
サーナット卿は
足を床に付けたまま
上半身だけベッドに横にすると
カルレインは彼の胸の上に
血を垂らしました。
数滴の血を垂らしたところで、
サーナット卿の傷は
癒え始めましたが
しばらくすると、彼は、
ここまでにしますと言って、
カルレインの手を止めて
上体を起こしました。
まだ治療が終わっていないという
カルレインにサーナット卿は
傷が急に治ったら、
ラティルに疑われると話すと、
カルレインは、
そんなの関係ないと言わんばかりに
クローゼットの中の救急箱から
包帯と薬を取り出し、
傷口に薬を塗ると
包帯を巻き始めました。
サーナット卿は、
対抗者が誰なのか見つけたかと
尋ねました。
カルレインは、
ギルゴールに注目しているけれど
まだ彼は、誰も訓練させていないと
答えました。
サーナット卿が、ギルゴールは
裏切り者の吸血鬼かと尋ねると
カルレインは、
まだ会ったことがないのかと
尋ねました。
サーナット卿は「はい」と
答えました。
カルレインは、ギルゴールは、
最初で最後にロードを裏切った騎士で
当代のロードを殺しただけでなく
その後のロードの命を奪うために、
対抗者を直接訓練し始めた、
裏切り者のなかでも
悪質な裏切り者だと説明しました。
ギルゴールは、まだ対抗者を
見つけていないのだろうかと
サーナット卿が尋ねると
カルレインは、
そうだろうと答えました。
カルレインが包帯を巻き終わると、
サーナット卿は、
脱いだシャツの袖に
腕を通しながら、
対抗者も対抗者を育てる者も、
見つけたら、
必ず命を奪わなければならないと
無表情に呟きました。
カルレインは、
今度こそ、かならずそうすると
答えました。
◇ラティルの悩み◇
ぼんやりとしているラティルに
乳母は、何か悩みがあるのかと
尋ねました。
ラティルは、それを否定して、
どうして?
と尋ねました。
乳母は、
そんなはずはないという顔で笑うと
ラティルに近寄り、
器いっぱいに入れていた角砂糖が
半分しかないと
いたずらっぽく話しました。
ラティルは、
角砂糖はどこへ行ったのか、
自分が食べてしまったのかと
口を擦りながら尋ねると
乳母は笑い出して、
ラティルが口を付けていない
コーヒーを差し出しました。
どうして、これを?
と不思議に思ったラティルは
コーヒーを一口飲んで
顔をしかめました。
コーヒーが
とても甘くなっていました。
乳母は、ラティルがぼーっと座って
コーヒーに砂糖を入れ続けていたと
指摘しました。
ラティルはため息をついて
乳母の言葉に納得しました。
ラティルは、実は悩みがあると
乳母に告白しました。
彼女は
それを知っていたかのように微笑み、
ラティルの後ろへ来ると、
背中を軽く撫でながら、
私の赤ちゃん皇女様は
何を悩んでいるのかと尋ねました。
子供の頃、
ラティルが変なことで悩んでいた時に、
半分真剣に、半分冗談で
なだめてくれた時のような声でした。
ラティルは思わず一緒に笑った後、
口元を下げると、
私はサーナット卿が好きなの。
と告白しました。
笑っていた乳母は、
その言葉に驚きました。
カルレインがラティルに
サーナット卿のことを尋ねた時、
どうしていきなりと思いましたが、
今回のお話を読んで、
2人が以前からの
知り合いだということが
分かりました。
そして、
ギルゴールという吸血鬼の話をしたり、
カルレインが牙で親指を噛み
彼の血でサーナット卿の傷が
癒えたこと。
サーナット卿が
大神官の治療を拒否したことから、
2人も吸血鬼なのではないかと
思いました。
原作24話、マンガ26話で
サーナット卿が
激しい運動をしても
汗をかかなかったのは
そのせいではないかと・・・
そして、ラティルがロードであり、
敵を分散させるための偽者が
トゥーラなのかなと思いました。
謎がどんどん明らかになっていくのが
楽しみです。